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【730】両国散歩

先日、両国界隈をぶらぶらすることがあった。
江戸東京博物館で開催中の展覧会を見るはずだったが、
駅に降り立つと、入場制限実施中・一時間待ち・・・という立札が
あったので、家人は気がなえてしまったので、そこらへんをぶらぶらと
歩くことにした。
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両国駅の線路下の塀には、面白い絵が描かれてあった。
ダマシ絵風: 木立と白いハトの群れ。
何気ない下町の日常風景がなんだか幻想的に見える。

この電柱の質屋さんフクシマは、創業 が元禄二年! 
元禄二年は、1689年、将軍綱吉のころです。
ここの地番は、両国4丁目38番地。
何だか、それだけでワクワクします。

下町の路地を歩いていると、芥川龍之介の記念碑があった。
芥川(あくたがわ)龍之介は、この界隈で生まれている。

角を曲がると、マンション内だが、時津風(ときつかぜ)部屋の看板も見えた。
チャンコ鍋を食べさせる店もある。この辺りの住人は、玄関先の
植え木を大事にしておられるようで、鉢植えの花々がどれも手入れが
行き届いていて美しい。
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さらに進んで行くと、吉良邸跡というのぼりが見えた。
これが、忠臣蔵でおなじみの吉良上野介(きらこうずけのすけ)のお屋敷跡。
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元禄15年(1703年)12月の大雪の晩、赤穂四十七志が、静々とこの屋敷を
とり囲んだ…あの討ち入りのシーンを思い起こす。
近くの民家のガレージのドアにこの晩の絵が描かれていた。
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近くの回向院(えこういん)には、たくさんの人が集っていて、縁日のように、
出店も出ていた。
そこで見た、♪南京 玉すだれ♪(なんきんたますだれ)・・・演じる人たちは、お年寄りが
多かったが、ガイジンさんが足を止めて珍しそうにみていた。
  ♪アさて、アさて、アさて、さて、さて、さて、さては 南京 玉すだれ。
   チョイと 伸ばせば、おらが 在所の ご門で ござる。
   おらの 在所の ご門が、お目に 止まれば、炭焼き小屋へと 早がわり・・・

国技館のほうへと足を伸ばす。カラフルな幟旗が皐(さつき)の空に、
はためいている。お相撲さん名前はなかなか読めないけれど・・・
日馬富士関(はるまふじ)ぐらいは、私でも知っている。
どうしてこんな変わった読みかたをさせるのだろう??
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そう思っていたら、人だかりがして、向こうから本物のお相撲さんが歩いてきた。
色紙にサインをしながら、歩いている・・・。
人ごみに押されて、少しブレでしまったが、この方は、境川部屋、豊響(とよひびき)
じつは、浴衣にお名前が書いてあったので、わかったのです(汗)
やっぱり、お相撲さんは、大きいなぁ!

私の相撲知識は、その程度です。

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by tamayam2 | 2015-05-13 17:18 | 日々のできごと | Comments(4)

【725】今年初めての赤城自然園

行きたいと願っていた群馬県赤城自然園に、今年は、親しいお友達2人と
行くことができました。
ここは、自然の森ではなくて、西武セゾングループが開発した人工的な
”自然園”なのですが、まあいろいろな野草や樹木を見ることができます。
一番たくさん見たのは、カタクリでしょう。
カタクリは、いつもうつむいてなかなかお顔を見せてくれませんが、
その花芯のところを覗き込むと、サクラの花びらのような紋を見ることが
できます。
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ご一緒した方が手鏡を持っておられたので、花の下のほうに鏡を差し込んで、
その紋がどんな形か確認することができました。すると、驚いたことに、
その紋は大きさ、色、形、一定ではなく、個々それじれに違ったお印がついて
いるのです。
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私は、あまりその紋にはこだわらないほうですが、自然の造形の不思議さに
驚嘆してばかりいました。
カタクリが咲いているそばに、ノビルのようなマッチ棒状の軸に黒い種がついた
ものがそよ風に揺れていました。これが、一年生。
また、一枚葉の爪さきほどの若葉も見えました。これが2~3年生。
2枚葉になって蕾が付くまでには、7~8年もかかると聞いて、おお大変なこと!
とため息が出ました。しかも、カタクリは、昆虫(アリやハチ)に助けてもらわない
と種を拡散することもできないというのです。
今、写真に収めたものは、8年前に受精に成功した種から芽生えたものと思えば、
命の愛おしさに涙がこぼれそうです。
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春の芽生えをいたるところに見つけて、喜びの声を上げました。
山菜として食べられるコゴミ(クサソテツ シダ科)
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丸で村人の寄り合いに出かける村の衆の群れのようなヤブレガサ(キク科)

今この園での主役は、たくさんのツツジ類。
アカヤシオ
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ロウソクのように突っ立っている芽がみんな三つ葉に開く、
ミツバツツジ
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その他、キブシ、コブシの類、モクレンの類、春の日差しを受けて
木々が伸び伸びと枝をひろげていました。

私も日ごろの生活の煩雑さを忘れ、一日のんびりと過ごしました。

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by tamayam2 | 2015-04-20 15:42 | 日々のできごと | Comments(12)

【721】クワ科イチジク属の植物

先月アメリカ、ロサンジェルスの娘の家に滞在していたとき、
町の至るところで見た幹の白い、常緑樹は、何かしらとずっと考えていた。
ちょうど、庭師が来たので尋ねてみると、
(スペイン語なまりのおじさんだったが)「フィクト」と言った。
さぁて「フィクト」とは何か??
娘の家の木は、玄関の脇に植えられていて、2mぐらいなのだが、
街路樹になっているところでは、5~6mの大木もある。
下は、LAのN.Bevely Hills Dr.通り
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何と言っても、LAの亜熱帯の気候に合っていると見えて、そこいらじゅうに
植えられていて、この世の春を謳歌しているあんばいなのだ。

しばらく調べていて、それは、Ficus クワ科イチジク属であるらしいことに
気付いた。イチジクのことを、英語でFigという。葉はつやつやしており、
むしると、白い乳白の汁が出る。確かにイチジクの種類に似ている。
沖縄などでよく見かけるガジュマルもFicusの仲間。
溶樹とか、アコウとか呼ばれる種類もある。

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日本で事務所などで鉢植えの鑑賞用植木・・・茎が三つ編みにされたり
して、つやつやとした葉の美しい木は、俗に「ベンジャミン」とか
呼ばれているが、あれもFicus benjamina という種類だとわかった。
LAでは大木、日本では鉢植えの鑑賞用植え木!?!(*^。^*)
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さて、先日訪問した五島列島で、至るところに繁茂しているツル草に
気付いた。石垣であれ、大木であれ、家の壁、塀に絡み付いたら離さないと
ばかりにしっかり絡み付いて、非常に手ごわい感じのツル草である。
東京あたりでも塀などに絡みついているのを見かることもある。
その親分格!
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東京などで見るのは、Ficus pumila
五島や石垣島、対馬などに生息するのは、
イタビカズラまたは、大イタビ【Ficus sarmentosa var nippoica 】
Nipponica というので、日本の固有種かもしれない。

小さい鶏卵ぐらいの実をつけていた。熟すとムラサキ色になる。
土地の人によれば、イチジクと違ってまずいそうだ。
長崎市内でも見かけた。
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イチジクの種類は、けっこう多く、茎が柔らかく、樹皮がなめし皮のよう。
ある物は、気根が垂れ下がって増える。実の中に昆虫を宿していることもあり、
成長が早く大木になる。どこかに絡み付いて、絞め殺してしまう種類も
ある。獰猛で手ごわい樹木だ。
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五島列島、福江島の堂崎教会は、岬のわきに建っている。その庭に、
珍しい植物、ハマジンチョウを見た。
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沈丁花に似ているから、ハマジンチョウと名付けられているが、
別種類で、ゴマノハグサ科。学名はMyoporum  buntioides
種が潮流に乗って、あちこちの岸辺にたどり着き、そこで根を下ろす
という。ムラサキ色の花が美しかった。
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インターネットで、斑点のはっきりした別の島の写真もあったので
拝借した。三重県の海岸、小笠原諸島でも見られるという。
いま盛りの沈丁花とは、無関係ではあるが、樹皮が皮のように
しなやかで、葉の付き方もジンチョウゲによく似ていた。

この木も、クワ科イチジク属の植物も、あちこちに根をおろし、
しっかりその存在感を示している。

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by tamayam2 | 2015-03-23 15:07 | たび | Comments(6)

【720】長崎---「信徒発見」から150年

先日3月6日~10日まで長崎、五島列島を訪問したことは、
前回に記した。五島列島教会巡礼の前後に長崎に3泊した。
家人は、以前から長崎へ行きたいと言っていたので、スケジュールの
合間を縫って長崎の街歩きも楽しんだ。
夜は、海の幸を楽しんだことは言うまでもない。
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さて、今回は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」がユネスコ
世界遺産候補に推薦されたこともあって、その関連行事にも参加した。
長崎の街は、いま、「世界遺産」という掛け声で盛り上がっている。
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特に今年2015年は、150年前に起こった「信徒発見」という出来事によって、
記念すべき年なのである。

徳川家康の禁教令が出されたのは、1612年。
明治6年(1973年)に禁教が解けたものの、キリスト教徒は、
弾圧迫害を恐れ、長崎、天草、五島などの僻地に潜伏し、250年間、
七代にわたり家族内で密やかに信仰を守っていた。
いわゆる「隠れキリシタン」である。

1865年3月17日金曜日の昼下がり、
フランスから赴任してきたプチジャン神父(Petitjean 1826-1884)は、
大浦天主堂の戸口に10数名の日本人が堂の中に入ろうとしているのを
見つけた。そのうちの一人の婦人は、神父の耳元に
「われらのムネ、あなたのムネとおなじ」とささやいた。
更に続けて問う。
「サンタ・マリアのご像はどこ?」
この垂れ幕が掲げてある建物は、大浦天主堂の階段の脇にある大司教館
多くのキリシタンの教会を建設した鉄川与助(1879-1976)の作品である。
資金は、フランスのド・ロ神父(do Rotz 1840 -1914)がねん出した。

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こちらは、大浦天主堂の内部。内部では撮影できないので、
入口の外からスマホで撮影した。
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長崎郊外の枯松神社という場所は、隠れキリシタンたちが、密やかに
集まって、おらしょ(祈祷)を口伝で練習した場所として有名である。
こちらは、キリシタンの素朴な墓石。
平らな石が置いてあるだけのものだが、
その墓石の上に10個ぐらいの小石が散らばっている。
墓参したときに、十字の形に並べ、その後は、小石を散らして
墓石であることを悟られないようにしたという。
文字などは刻まれていない。何という悲しい作法だろうか。
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大浦天主堂のすぐわきに有名なグラバー園がある。
グラバー(Glover 1838-1911)という人はもともと武器商人であったが、
日本人の妻を娶り、日本の土に還った。
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この時代に何等かの縁があって日本人と接触した外国人は、日本語を習い、
日本人のよき協力者を得て、最後は、日本の土に骨を埋めた。国際交流と
言えばかっこいいが、大変な苦労の連続であったろう。長崎の歴史は、
こうした外国人を受け入れ、諸外国の文化に立ち向かい葛藤する努力の上に
築かれたと言えよう。

グラバー園、大浦天主堂から、オランダ坂、活水女子大学の坂を通り、
長崎新地中華街のほうへぶらぶら歩きを楽しんだ。
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その途中に古めかしい煉瓦造りの建物があり、若い女性が撮影していた。
そこは、旧英国領事館

あたりには、自家製のカステラを焼く店があったり、蒲鉾屋があったり・・・
新しいものと古いものが混在していて、楽しい町歩きになった。

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by tamayam2 | 2015-03-21 11:20 | たび | Comments(8)

【719】五島列島・キリシタンの教会を訪ねて

3月6日~10日まで、上智大学主催の「長崎・五島列島キリシタンの
足跡を訪ねる旅行」に参加した。卒業生、在校生、カトリックの神父様など
総勢70名の団体旅行だった。
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長崎から100キロも離れた五島列島には、ジェット・フォイルという
高速ボートで1時間半。
江戸時代には、流刑地でもあった。さもありなむ・・・。

南の島は、福江島と言って、五島市になっている。
最北の島は、中通島で、そこは、上五島町
市と町の違いがあるばかりか、江戸時代には、南は大村藩、
北は、鍋島藩であり、それぞれの大名はキリシタンへ対応が微妙に異なって
いた。キリシタンの締め付けが厳しくなってから、隠れキリシタンの人々は、
北の過疎地の奥地へ、どんどん逃げ込んでいった。

10以上の教会を巡って印象がバラバラになりがちなのだが、北の上五島地区
(最も過疎地)が一番心に残った。
これらの教会群は、いま世界遺産の候補になっている。
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明治6年禁教が解禁になってからの教会群は、レンガ造りの重厚な建物もあるし、
木造の建物もある。
上五島・頭ヶ島(かしらがじま)教会は、珍しく石造りの建物であった。
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教会の外部は撮影ができるのだが、内部の撮影は、原則的に禁止されている。
下の写真は、HPより。花をモチーフにした木造のレリーフが美しい教会だった。
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祭壇は、撮影禁止なのはわかるが、素朴なステンドグラスの光を撮影したい
と思っていた私は、がっかりした。
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こちらのステンドグラスは、最も北はずれの江袋教会で撮影した。
(室内では撮影できないので、外で撮った。)
この教会は、火災に遭って再建されたので、木造である。

ほとんどの教会は、土足厳禁で、入口で靴を脱ぐ。
トイレは、別棟になっており、どの教会も世界遺産候補を意識してからか、
過疎地にもかかわらずよく整備されていた。
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頭ヶ島教会は、本島から離れた小島にあるのだが、橋で繫がっている。
岬のはずれに教会の共同墓地が広がっていた。前の島は、轆轤(ろくろ)島。
信者の墓地がどこまでも続く。十字架が林立する様は過酷な迫害を避けて
この地に住みついたキリシタンたちの過酷な生涯を封印しているように見えた。
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教会の内部は、おおかたリブ・ヴォールト様式というのだろうか、
曲線の梁で大きな天井が支えられている。
ガイドさんの言葉でいうと、“コウモリ天井”
うむ、たしかに、コウモリ傘の骨組みのようである。

たいていは、鉄川与助(1879~1976)の設計が基になっている。
信者たちがなけなしの金を貯めて、何年もかけて建設された。
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五島列島のいたるところでよく目にしたのは、野性のヤブツバキ
椿油、ツバキ飴・・・は、アゴ(トビウオ)の煮干しとともに、島の産物
になっている。
われわれは、ツバキの花が咲けば美しいなぁと思うが、島の主婦らは、
「今年もようけ実がなったら、小遣いが増えるなぁ~」と思うそうである。

ガイドさんは、昼食の食卓に載ったマグロの刺身を見て、
「東京のみなさんは、マグロがお好きですね。
ボクは、マグロは食べまっしぇん。だって、近くの海で捕れる新鮮な小魚が
あるでっしょ? それば、食べよると、うまかですタイ!」と。
本当に島は、農業こそパッとしないようだが、海の幸は実に豊かなところなのだった。
この海の幸によって、隠れキリシタンたちの命が長らえることが
できたのだろうと感じた。

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by tamayam2 | 2015-03-20 10:14 | たび | Comments(6)

【705】温泉にスマホ

暮れも迫ったこの時期にハイキングする人は、めったにいないでしょうね。

箱根に骨休みに行く予定だった日が、折悪しくなんだか全国的に大荒れの日
に当たってしまったので、急きょ、箱根の山のほうへ行くことは中止。
予定を変更して、箱根の玄関口、箱根湯本の裏山を歩くことにしました。
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18日、少し風はあるものの、天気は良好。
旧街道を歩いて行きますと、天成園という大きな旅館の裏手に、
すてきな滝がありました。
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玉簾(たますだれ)の瀧
滝壺にかすかに虹がかかって、こりゃ幸先良し! と更に歩を進めていきますと、
箱根旧街道に出ました。
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苔むした石畳の道は歩きにくかったですが、楽しかったです。
この街道を馬や参勤交代の行列が通ったかと思うと、昔の旅行は、
大変だったのですね。
新春の箱根マラソンは、もちろん、旧街道ではなく現代の道を通ります。
湯本の駅付近には、早くも応援の垂れ幕の準備が進められておりました。

宿泊した旅館は、元は旧岩崎邸の別宅だったという素晴らしい日本庭園のあるお宿。
温泉もお料理もおもてなしの心遣いも、非常に満足のいくものでした。
行き帰りに小田急ロマンスカー(ちょっと気恥ずかしいネーミング…)を
利用したのですが、今度の旅では、たくさんのアジアからのガイジンさんを
見かけました。首都圏から、箱根、日光は一番アクセスしやすい観光地ですから
人気があるのでしょう。
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日本庭園には、マンリョウ(万両)、センリョウ(千両)、ナンテン(南天)、
ドウダンツツジの紅葉など、緑の中に、鮮やかな黄や赤が映えるようにしつらえて
あります。
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この辺が庭師に腕の見せ所でしょうね。

早朝に温泉の露天風呂でくつろいでおりましたら、若い女性がスマホを
片手に入ってきました。露天風呂の周りに見事に作られた日本庭園の紅葉を撮影しようと
しています。「浴室にカメラ類を持ち込んではいけない」と脱衣所の入口に
張り紙がしてありましたのに・・・
露天風呂の縁に座ったその女性は、スマホでだれかに通話を始めました。
その声で、彼女が外国人だとわかりました。
脱衣所の張り紙が外国の方には読めなかったものだと思われます。
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これは、困ることだなぁ~と思いながら、私は、自分が撮影されないように
注意しつつ、その場を離れました。

この旅館も、ロマンスカーも、アナウンスに英語、中国語、韓国語などの
説明が無く、これでは、外国人がちょっとしたルール違反をしても
仕方がないと感じました。
オリンピックまでには、少しは状況がよくなるように祈ります。

それにしても、我々の世代では、お風呂場にスマホをもっていくことは、
考えられないことなのですが、四六時中スマホから離れられない世代には、
スマホは、必携なのでしょうか。
スマホは、電話でもありますが、カメラ機能もついているのでしたよね。

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by tamayam2 | 2014-12-19 12:17 | たび | Comments(4)

【689】鎌倉の道端で

鎌倉・鶴岡八幡宮の参道、段葛(だんかずら)が11月から工事のため
通行止めになる。中央のやや高いところを、段葛と言って、左右にサクラが
植えられている。しかし、石段が崩れかけたり、桜が老木になって、
大規模な工事が必要になったのだそうだ。
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それで、今回は、段葛を通らずに、小町通りを通ることになった。
鎌倉の人たちのホスピタリティーの表われだろうか、商店街わきの道端には、
きれいな花々がたくさん! 旅人の眼をなごませてくれた。

1)シロバナ曼珠沙華(ヒガンバナ科)と">ムラサキシキブ(クマツヅラ科)
ヒガンバナは、中国原産。ムラサキシキブは、学名にjaponicaがついているから、
日本原産だろう。
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2)ハゼラン(スベリヒユ科)は、熱帯アメリカ原産。午後3時ごろ咲くので、
三時草という別名をもっている。どこでもよく見かけ、はびこっている。
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3)トレニア(ゴマノハグサ科)はアジア、アフリカ原産。
   ジュズサンゴ(ヤマゴボウ科)は。メキシコ、ブラジル原産。
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4)ポーチュラカ(スベリヒユ科)はマツバボタンの園芸種。ブラジル原産。
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5)ニガナ(キク科)の種類は、おそらくヨーロッパからの外来種。
野襤褸(のぼろ)菊とか、ノゲシの仲間かもしれない。
花の後は、耳かきの後ろについている綿毛みたいね。
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6) ランタナ(クマツヅラ科)は、和名シチヘンゲとよばれ、文字通り七変化する。南米原産。   
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どの花々も可憐でかわいらしかったのだが、調べてみれば、日本原産は、
おそらくムラサキシキブだけで、あとは、みな外国原産の植物たちだったのには、驚いた。
しかも、熱帯アメリカや中南米など、暑いところの植物が日本の風土に
よく馴染み、たくましくもその領地をひろげているように見える。

たしかに、日本の夏の気候は熱帯にちかく、9月末と言えども、まだ残暑を感じるからねぇ・・・
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私は庭に西洋的な植物を植えることを、とっくにあきらめて、できるだけ
頑強で、枯れにくいものを植えるようにしたら、結果的に亜熱帯・熱帯の草花が多く
なってしまった。冬の温度管理には、気を使わなければならないが・・・
春から秋は、ほったらかしにしておいてもぐんぐん伸びて花を咲かせてくれる。
そのたくましさと頑強さが気に入っている。

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by tamayam2 | 2014-09-30 23:13 | たび | Comments(6)

【688】鎌倉・小町通り

9月17日、Yamyam町の町会の遠足で、鎌倉へ出かけた。
先代は、町内会なんぞはと・・・、町会のお役目もお付き合いも敬遠していたが、
私どもは、できる内は、お役目もしお付き合いもしたいと思って・・・
初めて遠足に参加した。
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バスで連れて行ってもらって、おいしいお食事をいただき、久しぶりに
鎌倉の町を散策し、楽しい一日を過ごした。
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鎌倉に小町通りというショッピング街がある。
女性が好きそうな小物がいっぱい!
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日常の生活を忘れて、子供時代のノスタルジアに浸る・・・
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ショーウィンドーの中に、懐かしいミニアチュアのお人形さん。
動物たちや、ミニカー。
おじちゃんやおばちゃんに、もらったりして大事に箱にしまっていたっけ。
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鎌倉の大仏様にもお目にかかって来ました。久しぶりです。
外国人もたくさん来ていました。
スリランカのお坊さんたちの黄色い僧衣が珍しかったです。
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あれっ? 昔なつかしい千代紙の専門店の隣りには、トルコ・タイルが!
トルコの民芸品を扱う店もあり、トルコ人が流暢な日本語で対応していました。
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これは、西洋のPill Box(携帯錠剤入れ)です。
グリム童話に出てくるブレーメンの動物たちは、上から鶏、犬、ロバですが、
このデザインは、鶏、豚、牛です。なんだか、動物たちが太目でかわいい。

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by tamayam2 | 2014-09-29 12:13 | たび | Comments(4)

【693】2014年 夏至のころ

東京地方では、昨日集中豪雨に見舞われたり、ヒョウが激しく降った
ところもあり、一日中不安定な空模様でした。
みな様のところは、いかがでしょうか。
サッカーは、日本、惜しくも破れました・・・残念です(涙)
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暦の上では夏至が過ぎたあたり、これから冬至に向かって、昼の長さが少しずつ
短くなっていくわけです。
いろいろな所で虫を見たのですが、名前がよくわかりません。
今年、2月に出かけたグアテマラで。
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グアテマラでは、数か所でマリンバの演奏を聴きました。
このように、街の中で、レストランで、2枚目はコーヒー園で、
観光客へのサービスなのでしょうか、演奏をしてくれました。
木製の手作りらしい楽器。
日本で見知っているマリンバは、金属製のものですが・・・
軽快で朗らかな響きでした。
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こちらは、6月初旬、同窓会で出かけた秋田県・乳頭温泉のブナ林で。
この虫は、テントウムシダマシの一種なのだろうか。
イタドリの葉をぼろぼろにしていました。よほどこの植物が好きなの
でしょう。

追記: Blog友のsmallcreatureさんから教えていただきました。
     な、なんと、その名はズバリ、イタドリハムシだそうです。
イタドリの葉を盛大に食べていた…という観察どおりの名でした。
smallcreatureさん、ありがとうございました!
イタドリハムシ【ハムシ科 Gallerucida bifasciata】
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ブナの林の中には、落ちた種から次々と新しい芽が出ていました。
ブナの赤ちゃんです。
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フカフカの林床の上を保護色なのでしょうか、茶色のカエルがビョンピョンと
飛んできました。この辺りには、モリアオガエルが生息している地域ですが・・・。

まだ、森の入口には冬に降った残雪がうず高く積まれていました。
森は、少しずつ春から夏へと準備が整い、急ぎ足で夏に向かうようです。

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by tamayam2 | 2014-06-25 13:53 | 日々のできごと | Comments(13)

【681】富岡製糸場が世界遺産に

群馬県の富岡製糸場が、ユネスコの世界遺産(産業遺産)として認められたという
うれしいニュースが伝えられました。連休中は、大変な人出だったということです。
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私が出かけたのは、2011年4月、たまたま信州からの帰り道に、立ち寄ったの
です。“世界遺産に!”、という町の人たちの熱い気持ちは伝わりましたが、
ちょっと無理なのでは・・・と思っておりました。
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明治5年に建てられた工場は、かなり傷んでいましたし、町の規模が小さく、
人が押しかけたら大変ではないか・・・とも思ったものです。

日本で産業遺産として、先に認められた島根県石見銀山(いわみぎんざん)もなかなかアクセスの
難しい場所でした。過去ログ:2012年11月  石見銀山にて

石見から産出された銀が一時期、ヨーロッパで大いに流通したという事実が、
世界的とみなされた理由です。

富岡の場合、ヨーロッパでどんなに絹織物が珍重されたか、フランス・リヨンでは
絹の緞帳、絨毯、女性の夜会服などを扱う老舗の店をいくつか見たことがあります。
ヨーロッパの人々にとって、日本は絹を産出する国というのが基本的なイメージです。
シルク・ロードの果ての極東にジパングいう国があるのです。

日本の養蚕の智慧が、フランスの製糸工業の技術を導入することによって、
世界的な規模の産業として発展したのです。
工場わきには、フランスから技術指導に来た人たちの宿舎が残されていました。
明治年間に、日本人とフランス人がどうやってコミュニケーションを図ったのでしょうか、興味深いことです。
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建築にもフランスの智慧が至るところに生かされていました。このレンガの積み方も
その一つです。この積み方だから、堅牢なのです。
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製糸工場で働く工女は、「女工哀史」として伝えられるような気の毒な下働きではなく、
技術者としてよい待遇を与えられていたと聞き、うれしく思いました。
いまで言えば、都会で高給をとるOLというような、憧れの職業だったようです。
そういうことを知ったのも、町のヴォランティアのガイドさんがていねいに説明して
くださったからです。
ユネスコの世界遺産には、自然遺産、文化遺産の他に、産業遺産という分野もあり、
日本では、石見銀山に次いで、富岡が2番目。

ドイツでは、ゴスラ-(Goslar)という中部の銅山が、産業遺産に登録されています。
過去ログ: 2005年10月 ゴスラ-の鉱山
過去ログ: 2009年9月  鉱山の町、ゴスラ-  
 
たしかに、この小さな町の産出する銅のおかげで、ヨーロッパの人々の生活の質が
向上したことは事実なのです。また、ゴスラ-を中心として交通、流通が画期的に
発展したのです。
ドイツを訪れる旅行者は、こんな山奥の鉱山に立ち寄る人は多くないのですが・・・
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富岡の工場の近くで見た、タイツリソウ【鯛釣草 ケシ科ケマンソウ属】
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Yamyam町で最近、とても増えていたように思う外来種のヒナゲシ
ナガミヒナゲシ【長実雛罌粟 ケシ科 Papaver dubium】
1961年に東京世田谷区で、発見されて以来、いまや住宅地、道端、空地・・・
どこにでも侵出していといわれています。可愛いけれども、ちょっと心配。
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ウチの庭のシャガ山椒の若葉も・・・今の季節を彩る植物として載せてみました。
筍の煮物に、“木の芽”は欠かせませんね。

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by tamayam2 | 2014-05-05 11:42 | たび | Comments(4)