【694】久しぶりの韓国

1984年というと、今から30年前になりますが、私は、当時始まったばかり
NHKラジオ「ハングル講座」を聴きながら、韓国語を全く初歩から学びました。
ハングルとは、韓国、朝鮮で使用されている独特の表記のことで、
【ハングル語】という言語はありません。

しかし、【朝鮮語】と言うと、北朝鮮の言語と間違えられるといけないということで、
講座名としては不採用。
日本と国交のある【韓国語】と言うと、韓国だけで使用されている言語と
誤解されてはいけないということでこれも、不採用。

学んでみてわかったことは、この言語は、朝鮮(北)でも韓国(南)でも共通に
使われており、朝鮮民族の言葉という意味であれば、【朝鮮語】でかまわないと
いうことです。(政治的なことを考えなければ・・・)

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前に述べたように、ハングルとは、表記の体系なので、日本ふうにいうと、
「ハングル講座」は「あいうえお講座」ということです。開講当時の先生は、
慶応大学の渡辺キルヨン先生、太刀川正樹先生、錚々たる教授陣でした。
ラジオを通して10年ぐらい習ったので、読むこと、聞くことはあまり不自由しません。
ありがたいことです。
昨今の“韓流”の時代がやってくるとは、当時は想像もできませんでした。
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今回はソウルより南西の、京畿道、仁川市、水原市、華城市などを訪問しました。
数時間滞在したソウル中心地、光化門で、運よく衛兵の交替式を見ることができました。
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韓国の男性の“ますらおぶり”には、目を見張りました。
なよなよとした今どきの日本の男性と比べててはいけないと思うけれども、
やはり、兵役がある国の男性は鍛えられています。
彼らは常に“有事”を想定して暮らしているのです。
(隣国が、ミサイルをぶっ放したりしますからね。)

さて、今回の旅の一番の目的地は、華城市、堤岩里(チェアムリ)です。
1919年4月に起きた堤岩里事件の現場である、キリスト教堤岩教会で、
6月29日、私どもの教会の牧師が主日説教を担当されたのです。

主題は、聖書マタイ伝5章24節より、
“まず行って、兄弟と和解せよ(먼저 가서 형제와 화애하라)”

堤岩里事件とは、1919年4月、旧日本帝国の圧政に苦しんでいた韓国人の側から
起こった三・一(サミル)独立運動が高まりつつあったころのこと。
日本軍がこの小さな部落の教会に集まった23名のキリスト教徒を銃剣で刺した後、
教会に火を放って閉じ込めて惨殺した事件です。
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見せしめだったのか、日本側にも出ていた犠牲者に対する報復だったのか・・・
歴史解釈はいろいろですが、たまたまその事件を目撃したアメリカ人宣教師によって
世に広く知られる事件になりました。
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事件後95年を経た今、すでに犠牲者の遺族で教会に通って来る人は、いない
模様でしたが、礼拝の出席者にも深い感慨があったのでしょう、
説教後に幾人かの老人が私どもの席に駆け寄ってきて握手を求めました。
痛みを受けた側は、時を経てもその痛みを忘れることはありません。
現場の記念碑のそばにあった絵と説明文。

一番上の写真は、水原の民族村で撮影しました。
韓式の家屋と庭に並べられたたくさんの甕(かめ)、甕、甕。
キムチも味噌も醤油もこういう甕の中で熟成させるようです。
韓国の料理は、辛いばかりでなく、色々な醗酵食品が醸し出す旨み尽くしで、
とてもおいしかったです。
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今回の旅は、忙しい日程で、たくさんの場所を訪問し、多くの方々にお目に掛かり
ました。韓国、日本の緒事情に触れ、久しぶりに韓国語を聞いたり、話したりして
両国のことを考えるよい機会となりました。

by tamayam2 | 2014-07-04 21:20 | たび
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