【825】6月の出来事から

1)#東京

東京に長く住んでいるが、あまり馴染みのない場所も多い。5月に所用があって、

京浜急行の駅、「青物横丁」というところへ出かけた。品川から羽田空港行き急行電車にのって1駅。

すぐそばを「旧東海道」通りが走っている。ここが東海道五十三次の第一の宿、品川の宿である。お江戸日本橋から約二里。大名行列が歩いて二里から三里行くと、宿がある。そこで、一泊して翌日のために体を休めたのだ。

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駅前の通りは、「ジュネーブ平和通り」。えっ? なぜ、スイスのジュネーブ?と疑問がわいた。地元の方にうかがうと、

駅のそばに品川寺(ほんせんじ)というお寺があり、そのお寺所有の明暦3年(1657年)に鋳造された大鐘楼が、

どういうわけか行方不明になった。その後、パリやウィーンでの万国博覧会に出品されていることがわかり、最終的には、

スイス、ジュネーブの博物館に所蔵されていることが判明。ヨーロッパで手厚く保管されていた鐘楼は、お寺側の要請によって、

昭和5年(1930年)、日本に返還された。実に、60年以上もヨーロッパに渡ったままだったのだ。その大梵鐘返還を記念して

「ジュネーブ平和通り」と名づけられたという。「青物横丁」という駅名も変わっている。この辺りは、江戸時代には、

近隣の農家から青物(野菜)が集められ市が立った。

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江戸庶民の貪欲な食欲を満たしたのだろう。商店街をぶらつくと、新鮮な野菜や魚が光って見えた。

帰り道、私は、信じられないほど新鮮な魚を安価に手に入れ、ほくほく顔で帰宅した。地元の人は単に「あお・よこ」と呼んでいる。


2)赤城自然園

北斎の版画に有名な大波の絵がある。波頭はまるで人の指のように泡立って何かを掴み取ろうとしている。

北斎は、大波のしぶきをそんな風に感じたのだろう。

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日本の野草に、タツナミソウというのがあって、ウチの周辺の路地でも見ることができる。花が一方に偏って向き、子細に見る

と本当に波頭のようだ。

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赤城自然園の林床一面に広がった紫色の花は、はじめ何かよくわからなかったが、このタツナミソウ(Scutellaria indica)だった。

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小さな地味な花が集団になると、とてもダイナミック!たまたま、その時期に訪れたから目にすることができた光景だった。



# by tamayam2 | 2018-06-28 09:13 | Comments(2)

【824】五月の日々

)小田原の郊外

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この写真を見ると、♪春の小川はさらさらいくよ~ という童謡が口から出てしまう。

じつは、この場所は、♪メダカの学校は川の中~ と歌われた童謡のふるさと、小田原市

荻窪用水なのだ。1951年(昭和26)にNHKで歌われ、全国的に広まった。作詞家の茶木

滋は、この近くに住んでいたという。作曲は、中田喜直

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友人の案内で行ったこの川には、土手に懐かしい野草がいっぱい!湧き水が歌のようにさらさらと流れていて、

川床には、水草がびっしり。メダカには格好の住処だ。更に目を見張ったのは、岸辺に生える水草! もしやこれは、

クレソンではないか??

ステーキの付け合わせに出てくるクレソンはフランス語。けっこうお高い野菜で、スーパーではポリ袋に入れられて大事そうに

売られている。少し苦みがあって、肉料理にはぴったり。和名では、和蘭芥子(オランダカラシ)という。

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昨日、オランダにお住いの<さんが運河沿いにびっしり生えたヤマニンジンを紹介してくださったが、ヤマニンジンはセリの仲間。

こちらは、アブラナ科。葉の形が違うものを二種類見たが、私は、あれを、サラダにしたら、おいしそうだなぁ~と考えていた。

現地の人は、身近に生える草なんかに目もくれないようだったが…


2)できごと

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昨日、学生時代からずっとお付き合いが続いている友人と食事をした。一人が海外から一時帰国している。

というのも、高齢の父上が亡くなって、その後のいろいろな後始末のために、長女としての務めを果たしている

ところなのだ。私も長女で同じような立場だが、今後起きるであろういろいろなことにどう対処すべきか…

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常々考えめぐらせている話題なので、楽しい再会ではあるが、現実的な話も尽きない。ちょうど新緑の候、

我々三人は、ベランダでフルコースの食事をした。虫もおらず、暑くもなく、寒くもなくとても気持ちがよく過ごせた。

こんな日は一年のうちでもめったにないことだろう。


3)#植物

5月には、いろいろな花が咲くが、中でもどうしても見たい花がいくつかある。その一つが

オオヤマレンゲ(モクレン科)学名にシーボルトの名があるように、シーボルトの命名で、日本原産。

初めて見たのが、オランダ、ライデン大学の付属植物園。シーボルト記念碑のそばのやぶの中にひょろっと

生えている木に白く、香り高い花を見つけた。日本で見たのは、長野県木曽郡上松町の赤沢自然休養林で。

それと、昨日訪ねた赤城自然園で。風の強い日だったので、なかなか撮影が大変だったが、山中に大きな株が

数本植わっている。気高く、高貴な感じのする花で、シーボルトも発見したときは、感動したにちがいない。

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4)#おもいで

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ウスバシロチョウを初めて見たのは、信州の北部、飯山市で。地元の友人が小高い丘の上にある「阿弥陀堂」に

連れていってくれた。南木佳士の小説、『阿弥陀堂だより』の舞台になった場所。後に映画にもなった。

南木の小説を読んだのは初めてだったが、その美しい信州の描写、人の心の細やかな描写に感動し、その後、

南木の小説を読むようになった。映画には、重要なキャラクターとして、あの北林谷栄も出演している。

味のあるおばあさん役の俳優だったが、もう故人になった。




# by tamayam2 | 2018-06-25 17:55 | 日々のできごと | Comments(0)

【823】忙しかった五月


五月の終わりの日曜に、大学の大きな祭りがあり、その委員をしていたので、五月は、なんだか非常に忙しかった。

私は、もう金祝(卒業後50年の祝い)を終わっているのだが、次年度の方たちのお祝いの準備をしたのだ。


1)そら豆

#ことば #うまいもの

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昨日は初夏のように気温が高く、よい天気でした。こういうのを皐月晴れというのだろう。

「目には青葉 山ホトトギス 初鰹」という俳句があるが、ウチは、初ガツオの叩きを作り、

上に刻みネギ、ショウガ、ニンニク、山椒、青紫蘇などたっぷり、かけていただきました。

ちょうど出盛りのソラマメの茹でたものを、つまみに…当然、おいしく飲みました。

あ~、いい季節ですね。初鰹を食べると、きまって「女房を質に入れても…初鰹」というのを思い出すのですが、ビンボウ長屋の熊さん、八っさんは、

お金がないときには、質屋に奥さんを送って、下働きをさせたのでしょうか。そんなわけありませんよね~


2)カルミア

#植物

1912年、東京市市長がアメリカ、ワシントンDCにサクラの苗木を贈ったという話は有名です。

その返礼としてアメリカから日本へ贈られたのは、ハナミズキと言われていますが、その他に

このカルミア(別名アメリカシャクナゲ)もあったそうです。日本に来たのは1915年とされています。

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私はこの花を見ると、砂糖菓子の金平糖(こんぺいとう)を思い出します。立体的で角々が尖っているので、そう思うのでしょう。金平糖は、近ごろの子どもは

知らないかもしれませんが、なかなか不思議なお菓子です。砂糖が主たる成分ですが、何か、厚い釜の表面をごろごろ転がしていくと、こんなトゲトゲの形に

なるらしいです。宮内庁でお祝い事があるときに下賜される和菓子の一つ。最近、めったに眼にすることがない珍しいお菓子。

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3)

#いきもの #ことば

これはキウイフルーツの花。

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香りがよくハナムグリがたくさん蜜を吸いに集まっている。キウイフルーツのキウイ,Kiwiとは、ニュージーランドの固有種の鳥の名。飛べない鳥、

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Kiwiは、暗い森に住んでいて、昼間は姿を見せない。暗いところでひたすら長い嘴で、土をほじくり小虫をさがしている。真っ暗な小屋で

飼育されているKiwiを見たことがあるが、よ~く目を凝らさないと見られない。見ていると、気の毒なほど、土をほじくっている姿が悲しい。

私が1998年~2000年にかけて住んでいたニュージ―ランド。そこに住む人たちは、一言で言えば、Humble(つつましく偉ぶらない)人々。

自国を自慢したりしないのだ。だから、自分たちのことをKiwiと呼ぶ。「おいらはNZの固有種、Kiwiのような野鳥なんだ!」と胸を張って言っている。

彼らはsense of humour(ユーモアの感覚)の持ち主である。自分で自分を笑うだけの度量をもった大人である。

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彼らの作った地図には、Down Under Map(真っ逆さまの地図)というのがある。地図を逆さまにして見てごらん!ほぉら、おらが国、ニュージ―ランドは、

世界の中心、トップに来るだろう、さぁ、皆の衆、笑っておくれ!というほどのユーモアの主なんです。

昔は、緑のKiwi Fruitsしかありませんでしたが、今は黄色の種類もあって、おいしいですね。NZの主要輸出品のひとつ。

その他、欧州と季候が逆ということもあって野菜、果物の輸出がさかんです。ラム肉、魚介類もおいしく、ワインは絶品です。


4)

#ことば

NHKの番組に「世界ふれあい街歩き」という番組がある。時折、録画して見ている。旅行者は、ふらりと外国の町に入っていって自然に地元の人と会話を

交わす。その自然さがいいなぁ~とだれしも思うだろう。しかし、この番組は、実は現地語で会話しているわけではないのだ。

「ちょっと見せていただいていいですか?」「お邪魔します」「えっ?よろしいですか?」「すてきなお住いですね!」「突然おじゃましちゃって

すみません」などと旅行者が語りかける日本語はとても美しい。

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それに対して、現地の方の応答は原語で語られ、日本語の字幕が画面下に出る。テレビのように現地の方の言うことが100%理解できて、やり取りがスムース

にできれば旅はどんなに楽しかろう!

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写真上も下も クジャクシダ

他人の生活圏に立ち入るときの言葉づかいの、何と慎ましいことか。「こんにちは!ちょっと、いいですか?」から始まり、「ありがとうございました。

お会いできてうれしいです!さようなら。」ときちんとした挨拶で終わっている。テレないで、そう言う意味のことを、しっかり現地語で伝えられれば最高だ! 

それには、普段から日本語で、そういった表現を使い慣れていないと自然には出てこないだろうね~(母語で言えないことは、外国語では言えないから…)

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# by tamayam2 | 2018-06-25 15:32 | 日々のできごと | Comments(2)

【822】言葉に関する断章 その2

①#いきもの

自然界のこと、特に昆虫に関心があるのだが、昔は「ミノムシ」いうものがいたように思うが最近は見かけなくなった。

子供のころミノムシを取ってきて中に虫がいることを確認しなかった子供はいないだろう。確かに虫が中にいたのだ!

ネットで調べると、今は、絶滅危惧種になっているんだと!?なんでも外国から天敵がやってきて、そいつがミノムシの巣に

寄生して殺してしまうんだそうだ。しかし、私、3月に、白金の自然教育園でミノムシの巣らしいものを観察した。枯れ枝に

ぶら下がって揺れていた。あ~何十年ぶりで見たのです。

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東京都のド真ん中でも、保護されている場所だから、見ることができたのでしょうね。

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#ことば

春先に風邪を引いている方もいらっしゃるでしょう。どうぞ、お大事に!

さて、“はくしょ~ん!!”とくしゃみしたら、英語圏では、周りの人が、“(Godblessyou!” と言ってくれます。

?なんで?と思うでしょうが、そういうキマリ文句。

ドイツでは、なぜか、“Gesundheit!”(健康!)、イタリアでは “Salute!”(おめでとう!)って言ってくれるそうです。

なんでも、くしゃみすると体内にある何か大事なものが抜けてしまい、そこに空洞ができる。その空洞を何か「いいもの」で

満たしておかないと困るから、友人たちがくしゃみの後に間髪を入れずお祝いの言葉を投げかけてくれるようです。

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日本でも、そういう考え方があるようで、くしゃみは、くさめ、元々は糞+食む(くそはむ)が語源。くしゃみをすると

早死するという迷信があり、それを避けるために(悪魔に対して)糞食らえ!出ていけ!と周りの者が掛け声を掛けたようです。

少し過激な表現ですが、どの国の言葉にも、病む人に対するいたわりが感じられます。カリンの花(上)、カリンの樹の幹(下)

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#植物

都立薬用植物園で見た熱帯の植物、月桃(げっとう)。沖縄の方は、サンニンと呼ぶ。
つぼみはつるっとしていて桃のよう。花もきれいで香りがよい。薬効もありお餅などをこの葉に包んでいただくそうだ。南洋には
お皿やサランラップがなくても、こうして食品を葉っぱで包む文化があるわね。ショウガ科 Alpinia zerumbet

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白金の教育園の森を歩いていると、地面に小さな花がいっぱい落ちている。甘い香りもする。

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それは、イイギリ(ヤナギ科)の花が散ったあとなのだ。秋になれば、たくさんの赤い実を

つけ、鳥たちのごちそうになる。先日、公園の樹の下でお弁当を食べた。見上げた樹がイイギリだった。

昔は、この大きな葉っぱにおにぎりを包んだものらしい。だから、飯桐(イイギリ)。“家にしあらば 笥に盛る飯を

草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る”(万葉集)…もし、家にいるのであれば、茶碗に盛るだろうに、今は旅の途中だから

ご飯を葉の上に載せて食べている。“という有間皇子(ありまのみこ)の嘆きの歌を思い出した。

ホウの葉で包むホウバ味噌、カシワの葉で包む柏餅、沖縄地方の月桃の葉。どの葉が食物を包んでも構わないか、

どの葉は有毒か、昔の日本人はちゃぁ~んと知っていたのだなぁ~。

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# by tamayam2 | 2018-05-23 05:24 | 日々のできごと | Comments(4)

【821】言葉に関する断章 その1


春先にFacebookに載せた記事から、ことばに関するものを少しUpしてみた。


#おもいで

私が子供のころ、記憶に残っている怖~い本は、この絵本。英語で『Slovenly Peter』、邦訳では『もじゃもじゃ頭のピーター』とか

言うようだ。昭和25年ごろ、(1950年前後)どうしてそういう洋書がウチにあったかわからないが、親が私に買い与えてくれたのだろう。

怖い本だったので、鉛筆やクレヨンで怖い部分を塗りつぶそうと試みた形跡がある。見たいが、まともに見たくなかったのだろう。

例えば、この表紙の男の子、Peterは、爪切りと散髪が大嫌いだったので、放置しておいたら、こんな姿になった!

(だから、イヤでも爪を切ったり、散髪しなくちゃダメよ、という教訓が示されるのは、やはりドイツ的。)

Slovenlyという英語は、だらしがない、不注意なという意味。私は、正にそういう子供だった…。

親は将来を心配したのだろうね~

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#アート

この絵は、数日前にご紹介したHoffmannというドイツ人が彼自身の子どものために書いた絵本『SlovenlyPeter』に出てくる絵。

この坊やは学校へ行く道すがらいつもぼんやり空や流れる雲を見ている。心ここに在らず、ボケ~っとした子なんですね。

そいういう状態で道を歩けば、どうなるか??

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昨年、ドイツのPさんが投稿した絵は、とても気に入ったので、Snipしてありました。絵に見覚えあると思ったら、原画はHoffmann

Damals(かつて)とHeute(こんにち)の対比。日本でも道や駅のホームで、思わず人にぶつかりそうになることがありますね。

「歩きスマホ」というのですが・・・。これは、とても危険です!!

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#ことば

年のせいか人の名が覚えられない~ え~と、どなただったかしら?? 名がとっさに

出てこなかったり、間違えて覚えてしまったり。少し前にFacebookに載せたOさんちのネコの名は、「ラテ」! 

イタリアのミルク入りコーヒー、カフェラテCaffè Latte)から。

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また、アメリカの娘宅のネコは「ティラ」!(写真 上と下)

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イタリアの甘いデザート、ティラミスTiramisù)から来ている。いずれもイタリア語。わたしゃ、コーヒーも飲まないし、甘いお菓子も食べないので、

どちらも馴染みのない言葉。


私が子供だったころ、外来語が生活の中にどっと入ってきて、日常語が変化した。kやgの混乱があって、ハンドバッという人、

pやbの混乱もあって、デート、アートと言う人もいた。私の母の世代の人もたいへんだったね~ 

このごろTVを見ていたら、〇〇はエヌジーと言っていた。NGは、だめ!ということ?(OKの反対語か)

かと思えば「忖度」などという古風な言葉も使われる。人の話を聞いていて、何となく解るが、自分では口にしない言葉が

だんだん増えていく気がする。


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(別の日)

お年寄りの集まりで、なんとなく自然に年齢の話になる。みなさん、高齢を恥じているのか、はっきり〇〇歳です!とは、おっしゃらなくて、

「私、Kさんより2歳下」とか「ウマ年です」とかおっしゃる。Kさんに年齢をうかがうと「やだぁ~、年齢なんか忘れたわ!」とおっしゃる。

基準になるKさんの年齢がわからないのだから話にもならない。私は、干支にも弱いので、ウマとかヒツジとか言われても戸惑うばかり。

「私、Kさんと一緒だけれども『遅生まれ!』」と言われることもある。年齢は同じでも学年は違うということか?

(それが人生に如何ほどの差があるというのだろう?)昨日の集会では、12名の出席者のうち、902名、806名、702名、601名。

講師は50代でした。


# by tamayam2 | 2018-05-14 08:30 | 日々のできごと | Comments(0)