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【783】ボーデン湖を渡ってスイスへ

私のこの夏の旅は7月23日ケルンからスタートしたのですが、
そこから、ドイツ南部で行われたある集会に出て、その後、
ボーデン湖へ移動、そこを船で渡り、対岸のスイスの町に
着きました。国境を越えるのに、遊覧船で、というのは
なかなか面白い手でした。パスポートのチェックも無し・・・
へぇ~、こんなんでいいの?と思うくらいあっけなく国境を
越えました。スイスは、EUに参加しておりませんから、通貨
も違うのに・・・
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ボーデン湖は、ドイツ最大の湖です。その岸は、ドイツ、スイス、
リヒテンシュタイン、オーストリアが接しているはずです。
ドイツ側のリンダウという町で、乗船まで小一時間ほど散歩する
時間がありました。ぐるりと回っても30分もかからない小さな町です。
バイエルン州に属し、古い建物の壁面に描かれたフラスコ画が美しい
町でした。
見事なファサードの建物は、旧市庁舎。
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少し横道にそれますと、また、味わいの深い小路が。ある家の壁面には、
ボーデン湖を形づくったオブジェが!
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私は、こういう小路をぶらぶらするのが好きです。
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対岸の町は、Rorchachというスイスの町。
ロールシャッハと言えば、私はすぐ、若い頃に習ったロールシャッハテスト
という言葉を思い出し、周囲の方に話しかけてみましたが、だれも知らず~
こういうことが最近よくあります。
つまり、私の知識が古すぎるのでしょうね。周りにいた人は、若い人ばかり
ではなかったのですが、自分の持っている常識がだんだん通じなくなった
と気づきました。日本語も、「何それ??聞いたことがない」と言われることが
多くなりました。同じ日本人同士で通じ合えないとは、残念なことです。
(上の写真は、ロールシャッハテストの例です。Hermann Rorchach博士は
 このテストを世に紹介したスイス人の心理学者ですが、直接この地名とは
 関係がないようでした。)

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リンダウの町で、友人がコーヒーを飲みたいと言ってカフェに
座っていたら、スズメたちが列を作ってクロワッサンのおこぼれに
あずかろうと待ち構えておりました。ドイツのスズメはあくまで規律正しい!

のんびりリンダウの町を散策しながら、撮影をしていたのですが、
乗船してから、船の人が対岸のスイスは、8月1日は建国記念日で、すべての
店は閉店とおっしゃるのです。(それなら、リンダウで、サンドイッチぐらい
買っておけばよかった!と気づきましたが、後のまつり!)
建国は、1291年ですから、今から725年前のことです。
EUには属さず、通貨はスイスフラン。永世中立国として孤高の地位を
誇っています。
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ロールシャッハから、サンクト・ガレンへ移動。町中に、国旗が
翻っており、まるで私たちを歓迎するかのようで(もちろんそれは
美しい誤解ですが)・・・。人影が少ない町をウキウキしながら歩きました。
やっと数軒開いていたCaféに飛び込んで、昼食にありつけました。
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そこから、標高2504mのMt. Saentiesへ向かいました。
その山はだにもスイスの国旗が!この国旗は、建国記念日に合わせて
掲げたられたもので、巨大なものです。横幅80㎝の国旗を何百枚も縫い合わ
せて、それをロッククライミングの若者たちが、岩肌に張り付けたものです。
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翌朝、国旗を撤収作業中の姿を、ロープウェイの中から撮影しましたが、どれほど
巨大な国旗なのか、また、それを掲げるために捧げられた途方もなく大きな愛国心を
身近に感じることができ、心を熱くしました。
(左下に豆粒ほどの人の姿が確認できると思います。大事な国旗ですから、
 巻き上げて、一本の柱のようにして下に下ろす作業をしているのです。)

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by tamayam2 | 2016-08-24 11:06 | たび | Comments(10)

【764】春先のタウン・ウォッチング

先日2月27日に六本木にある東洋英和女学院
行われたコンサートに出かけた。

それに先だって、神保町で昼食をとろうということにした。
神田・神保町のすずらん通り。
午前11時過ぎだというのに、もう列ができていた。
  【 スヰート ポーヅ 】
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餃子と包子、どちらも似たようなものだが、違うの
だろうか。私は、看板の表記に関心をもった。
ヰやヅ…普段、あまり見かけない字ですね。

中国語のピンイン(拼音)では、包子Bāozi 餃子Jiǎozi
スヰート包子というのだから、餡マンのことかな??

私の関心事は、餃子よりもむしろ表記のほうなのですが・・・
ヰは、ローマ字入力では、wiで、ヅは、duと打つと
出てくる。
イとヰ、または、は、ヅとズの発音は同じなのか違うのか?
知り合いにチズ子さんもいるし、チヅ子さんもいる。
このようなことを、FaceBookで書いたところ、
かなりの反響があった。

たいていの人は、この界隈には、大陸風の変わったシナ料理を
食べさせる店が昔からあった、懐かしいというもの。

本当に、神保町の角には、救世軍があったり、岩波ホール
があったりする場所で、ちょっとエキゾチックな町並みが
おもしろい。主人がこの近くに勤務していたこと
があって、当時よく通っていた別の中華店で食事をした。
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そこから地下鉄で、六本木の東洋英和女学院へ。
いま、朝の連続ドラマ「朝が来た」のヒロイン、
広岡浅子というスケールの大きい女性と
以前の連続ドラマ「花子とアン」のヒロイン、
村岡花子の展示を、たまたま東洋英和史料館で見て、
面白く感じた。広岡浅子は、日本女子大学の設立者
でもあるし、スケールの大きい実業家。
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村岡花子は、東洋英和女学院の卒業生、明治から大正にかけての
知的な女性のはつらつとした活躍ぶりがまぶしいほどだ。
企画展のリンクはここ
ヴォ―リス(William Vories1880-1964)のディザインに似せて
作られた学院の扉。
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ホールのパイプオルガン。
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そして、3月、友人のお玄関先でみた、紙細工のひな人形。
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その方のお宅には、立派な段飾りのお雛様があるそうだ。
それを出すお座敷もあるのだが、肝心の孫たちが、
そろって受験中。受験が終われば、スキー旅行だ、卒業式だと
いそがしい。
雛飾りを出して、ちらし寿司でもこしらえて祝ってやりたい
けれども、若い人は、関心なし!
さびしいわ~と彼女は語った。

そう、時代がそういう悠長な時の過ごし方の価値を
認めなくなったのか…。いろいろな行事は・・・
ひな祭りも、ヴァレンタインも、花見も・・・和も洋も
ごっちゃまぜになって商業的なものに支配されてしまった・・・
そう嘆く友人の話にひとしきり耳を傾けた。

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by tamayam2 | 2016-03-07 08:18 | 日々のできごと | Comments(6)

【758】過去の写真 その2

先回は、2005年と2011年に訪れたルクセンブルグの
思い出を書いた。欧州の「へそ」のような金融都市、
小さいけれども大事な国だ。
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次は、イスラム教徒の国、トルコ。
パリの同時テロ以降、問題になっているISへの出入り口、
トルコへは、2008年と2012年に出かけた。最近、ロシアとの
関係が悪くなって、お互いに目には目を、歯には歯を、と
報復が繰り返されている様子が報道されている。
痛ましいこと!
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一般の旅行者から見たトルコは、まったく平和な国に映った。
西洋と東洋の両面の良さが感じられ、親日的で、おだやかな
性格の人たちだった。
2008年のときは、チャナッカレ大学で学会があって、その帰途、
トロアス、エフェソス、コンヤ、イズミール、パムッカレ、
カッパドキア、アンカラを周ってイスタンブールに戻るという
大旅行だった。2012年は、ドイツに友人夫妻と会うために
出かけた。向こうは、ドイツから、こっちは日本から、お互いに
中間地点で会いましょう、ということだったが、その翌年、
親友(妻のほう)が亡くなった。実質的にこれがお別れになった。

首都イスタンブールを歩くと、至るところでネコにあった。
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FaceBookに掲載したネコの写真。レストランの中庭の樹の上を
住みかにしている黄色いネコ。
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宮殿の中であろうと、マーケット中、モスクの中でも、
ネコが我が物顔に歩いている。住民みんなの飼いネコのような
感じだったが、衛生的に問題がありそうなので、
「触ってはいけない」のだった。
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海外では、イヌ、ネコ等は、ペットと思わないほうがいいのだ。

日本では、見られなくなった狂犬病もまだ健在だ。
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シルケジ駅に住んでいたネコ。ホームを悠然と歩いていた。
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この駅は、あくびが出そうなほど、のんびりとした田舎駅に見えるが、
130年ほど前には、ここが花のパリとコンスタンティノープル(現在の
イスタンブール)を結ぶオリエント急行の終着駅だったのだ。
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私の記憶では、アガサクリスティの『オリエント急行の殺人』という
作品があった。アガサクリスティは、イスタンブールの下町が
お気に入りで、定宿もちゃんと残っている。
私もこの駅の周辺の庶民的な通りが大好きになって、
徒歩で、あるいはトラムに乗って日に何度も歩き回った
ものだ。疲れたら、トルコのチャイを飲む。
わずかなお金で、チャイを飲ませる店がどこにでもあって、
暑さも足の疲れも吹っ飛ぶのだった。

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by tamayam2 | 2015-12-04 16:39 | たび | Comments(10)

【751】西洋のツタと日本のツタ

フランスBourgesのEさんのお気に入りの道で、少し紅葉が
始まったばかりのツタを見た。西洋のこの種のツタは、
細長い葉が5枚で、紅葉の色が朱色というより、紅色。
燃えるような紅だ。
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Eさんが調べてくださって、アメリカヅタまたの名をヴァージニアヅタ
ということが分かった。(学名Parthenocissus quinquefolia)
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しかし、ドイツにいたころ、この種のツタを、どなたかに、
「ヘンリーヅタ」と聞いたことがあった。(学名P. henryana)
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どちらかは、よく分からないのだが、茎が赤くなるという特徴は、
アメリカヅタのものらしいので、フランスのものは、アメリカヅタ
のほうに違いない。ややこしい表現ですね…(笑)

この細葉5枚のツタは、西洋ではごく一般的に見かけるものだが、
日本では余り見かけられないと思う。
日本の山地で見かける葉が3枚のツタウルシとも違う。
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日本でよく見かけるツタは、ナツヅタと呼ばれるもの。
(学名 P.tricuspidata)この種のツタの葉は、一枚で、
モミジのようにつながっている。
こちらは、ドイツのWormus大聖堂の入口で撮影したもの。
1122年ヴォルムス協約というのが、世界史で有名だが、よく調べてみたら、
1521年にマルティン・ルターがヴォルムスの公会議で、異端とされた、
ことのほうがキリスト教史では有名。Wormusには用が無かったのですが、
Mannheimという近くの町に行ったときに立ち寄ったのです。
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さて、私がドイツ・ケルンに滞在中(2004年~2007年)、
アパートの台所の窓から庭の向こうに見える裏通りのお宅のツタが
とても見事だったので、ある日、ぐるっと裏道に回って、撮影した
ことがあります。
裏道に通じる横道がないので、かなり大回りしてそのお宅の玄関に
達しました。大きなお宅で、屋根の天辺のあたりから紅葉が始まっていました。
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駐車中の車のリア・ウィンドーに映った家。
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また、その一角に、家全体がツタに絡まっているお屋敷がありましたので、
別の時に撮影に出かけました。一階の右から2つ目のドアのところを
家の前から撮影したものが下の写真です。
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これほど、ツタに覆われますと、窓や戸口がふさがれないように、
常に、剪定を怠らないようにしないといけませんね。

ツタに覆われた家は、一見ロマンティックに見えますが、
湿気や、ツタの中に住みつく虫や小動物のために、体によくないと
聞いたことがあります。呼吸器系の病人がいる場合には、あまり勧められ
ないとも。
でも、おとぎの国のお家のようなこんな風景に、女性は一度は、あこがれ
ますよね~

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by tamayam2 | 2015-10-10 14:16 | 日々のできごと | Comments(12)

【743】マレに隣接した暮らし

長年のBlog友、Eさんのお宅を訪ねようと思った
一番の動機は、彼女のお話によく出てくるマレ、
Les Marais(沼地)というものがどういう所なのか。
そこでどんなことをなさっているのか、興味を覚えた
からだ。
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私は、ホテルから歩いて10分ほどの彼女のお宅に通った。
見上げるようなプラタナスの大樹の並木道。この横が
すてきな公園になっている。
川べりにひときわ窓辺の花の美しい家があった。
どんな人がお住いなのだろうか。
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カモ、オオバンが泳ぎ、リスが屋根伝いにチョロチョロと顔を
出す道。岸辺に咲く野草は何だろうか….うっかりイヌの落し物
を踏まないように!

大聖堂がある町だから、中世には、司教座というものがあって、
司教様が君臨しておられた。言ってみれば、そこは、カトリックの
王国のようなものだから、司祭、修道僧などのヒエラルキー
が存在していて、従う民の胃袋を満たす必要があった。

農地として、考えだされたのが、このマレ(沼地)だったらしい。
肥沃な土を盛り上げて小島を作り、そこで、野菜や果樹を育てた。
労働力は、修道士が担った。ふぅ~む、なるほど、よく考えられた
土地利用法。
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かつての修道士たちが汗を流し作った小島が、現在は1200もあると
いう。小島は、市民に賃貸されており、第一線を退いた中高年の人
たちの趣味と実益の場として、大いに活用されている。
一国一城ではなくて、一国一島の主となって耕作をしたり、
釣をしたり・・・友人を招いてお茶を楽しんだり・・・

但し、この島には、水道、電気はない。農機具を入れる小屋を
建てることはできるが、そこに住まうことはできない。
人々は、小さなボートをもっていて、竹の竿を静かに
掉さして、小島の間を移動する。

島でできた収穫物は、親しい友人にお裾わけ。
大がかりな土木工事や物資の運搬は、日本の“結い”のように
近隣に人たちが助け合って行う。
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そんな中で、わが友Eさんは、健気に近隣の方々の輪に
とけこんで、心からこの小島の領主の生活を楽しんでいらっしゃる
のだった。アジア人は、彼女一人という。
竹竿一本をあやつる船頭さん。
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水先案内を務めるのは、かっちゃんというイヌ。
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かっちゃんは、必要とあらば、果敢にも水に飛び込み、
またある時には、小舟から島へひょいと飛び移り、
またひょいと舟に戻ってくるという芸当もやって見せる。
そのすばしこいことと言ったら・・・・
その合間に、水際の野ネズミの穴に鼻を突っ込んで、
野ネズミを驚かしたり、領地の防衛、安全管理の
責任も担っているのだ。

かっちゃんは、島に上陸したとたん、非常に活発になり、忙しい。
私のような客をかまっている暇はないと言わんばかりに、島中を
駆け回って総点検に余念がない。
さっと水に飛び込んでは、がぶがぶと水を飲み、
島に戻って来ては、ネズミ穴を探す。
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こんな幸せなイヌがこの世の中にいるだろうか!
イヌのお洋服を着せられて、室内に閉じ込められている
ヤワな都会のイヌではなく、本当に野生のイヌが目を輝かせて
動き回っているのだ!

わずか数日の客人である私から見て、彼ら(Eさんとかっちゃん)
の生き方は、人間としてイヌとして、シンプルではあるが、
根源的な喜びに満ちた生活を実践しているように思える。

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by tamayam2 | 2015-09-08 13:02 | たび | Comments(16)

【732】北陸の町々へ

しばらく、本当にしばらく振りにBlogを更新する。
言い訳の一つは、春先からちょっとした企画にとりくんでいて、それが
やっと、先週末に終わった!・・・そういうことで、忙しかった。
もう一つの言い訳は、“悪いドーラク”に手を染めるようになったからだ。

それは、スマホ(Smart Phoneという和製英語の縮約語。
外国に住む人には、通じないから、書いておかないと・・・)と、
FaceBook。
FaceBookはすぐ、投稿できるし、すぐ反応を返すことができるので、
ありがたい反面、だんだんそれに振り回されるようになった。
このBlogの容積が・・・重く感じられ・・・ついつい後回しに。
しかし、
私は、つぶやきや、瞬間的印象では、収めきれない「考え」「感慨」は、
FaceBookという容器には盛り切れないと思うので、Blogも
今まで同様大事にしていきたいと思う。私のFaceBookはこのBlogと
連動していない。
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五月末に大学のクラス会が岐阜県であった。その後で、
家人と合流、富山県に足を伸ばした。
私にとっては、ほぼ初めての場所。家人にとっては、
いろいろな思い出につながる場所であるようだが・・・なにしろ
何十年も前のかすかな思い出をよりどころにして、家人を可愛がってくれた
「シゲお婆さん」は、どんな人だったのだろうか、と考えながら、
歩きまわる旅だ。
富山は、この度、北陸新幹線の停車駅になったので、建築ラッシュ。
なんだか町全体が活気づいているように見えた。
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新しい交通システム、ポートラム(Port+tramの合成語)に乗って
岩瀬(いわせ)という江戸時代の北前回船の港町へ出かけた。
この看板も右から左へ漢字が並ぶ。昔は、こうだったのだろう。
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スダレ戸というのだろうか、節がきちんと揃っていて、美しい。
明治時代に栄えた北前船、回船問屋の立派な屋敷が並ぶ。
昔の富山港を見ながら、運河沿いの道を歩く。
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あっ、ロシア語!
この辺には、ロシアの船が停泊することもあるようだ。
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氷見線の駅でも、ロシア語の看板を見た。
東京に住んでいると、隣国の人とは、中国人や韓国人とばかり
考えるが、日本海側では、ロシアも隣国であった!そのことに気付く。

港の近くカナル会館(カナルは、Canal=運河)で、
かつて北前船が北海道から運んだという、上等の羅臼昆布
買った。富山県の魚料理は、昆布〆をはじめ、昆布ををうまく使っていて、
まことに美味。
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古い時計修理商。♪~おじいさんの古時計という曲を思い出して
しまった。
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富山と言えば、富山の薬売り、廣貫堂の本社を見学。過去ログ:2010年1月 富山の薬売り
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氷見線に乗って、家人が昔出かけたという伏木、正法寺という
ご先祖のお寺を訪ねた。
釈迦の涅槃像もそうとう苔むしていた・・・

こうしてsentimental journey(感傷旅行)が終わった。

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by tamayam2 | 2015-06-17 15:07 | たび | Comments(4)

【730】両国散歩

先日、両国界隈をぶらぶらすることがあった。
江戸東京博物館で開催中の展覧会を見るはずだったが、
駅に降り立つと、入場制限実施中・一時間待ち・・・という立札が
あったので、家人は気がなえてしまったので、そこらへんをぶらぶらと
歩くことにした。
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両国駅の線路下の塀には、面白い絵が描かれてあった。
ダマシ絵風: 木立と白いハトの群れ。
何気ない下町の日常風景がなんだか幻想的に見える。

この電柱の質屋さんフクシマは、創業 が元禄二年! 
元禄二年は、1689年、将軍綱吉のころです。
ここの地番は、両国4丁目38番地。
何だか、それだけでワクワクします。

下町の路地を歩いていると、芥川龍之介の記念碑があった。
芥川(あくたがわ)龍之介は、この界隈で生まれている。

角を曲がると、マンション内だが、時津風(ときつかぜ)部屋の看板も見えた。
チャンコ鍋を食べさせる店もある。この辺りの住人は、玄関先の
植え木を大事にしておられるようで、鉢植えの花々がどれも手入れが
行き届いていて美しい。
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さらに進んで行くと、吉良邸跡というのぼりが見えた。
これが、忠臣蔵でおなじみの吉良上野介(きらこうずけのすけ)のお屋敷跡。
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元禄15年(1703年)12月の大雪の晩、赤穂四十七志が、静々とこの屋敷を
とり囲んだ…あの討ち入りのシーンを思い起こす。
近くの民家のガレージのドアにこの晩の絵が描かれていた。
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近くの回向院(えこういん)には、たくさんの人が集っていて、縁日のように、
出店も出ていた。
そこで見た、♪南京 玉すだれ♪(なんきんたますだれ)・・・演じる人たちは、お年寄りが
多かったが、ガイジンさんが足を止めて珍しそうにみていた。
  ♪アさて、アさて、アさて、さて、さて、さて、さては 南京 玉すだれ。
   チョイと 伸ばせば、おらが 在所の ご門で ござる。
   おらの 在所の ご門が、お目に 止まれば、炭焼き小屋へと 早がわり・・・

国技館のほうへと足を伸ばす。カラフルな幟旗が皐(さつき)の空に、
はためいている。お相撲さん名前はなかなか読めないけれど・・・
日馬富士関(はるまふじ)ぐらいは、私でも知っている。
どうしてこんな変わった読みかたをさせるのだろう??
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そう思っていたら、人だかりがして、向こうから本物のお相撲さんが歩いてきた。
色紙にサインをしながら、歩いている・・・。
人ごみに押されて、少しブレでしまったが、この方は、境川部屋、豊響(とよひびき)
じつは、浴衣にお名前が書いてあったので、わかったのです(汗)
やっぱり、お相撲さんは、大きいなぁ!

私の相撲知識は、その程度です。

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by tamayam2 | 2015-05-13 17:18 | 日々のできごと | Comments(4)

【728】浅草寺・伝法院通り

連休中は、極力外出しないようにしているが、
家人が浅草寺伝法院の大絵馬・寺宝展に行きたいというので、
めったに見られないお宝拝見かたがた、伝法院の庭園も見て来よう
と出かけた。7日まで。情報は、ここ

連休中とあって、どこも人出でいっぱいですが、ま、それもよし。
おや、仲見世通りに、カメラを構えた、小町ふうの和服姿の女性が!
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若い人の着付けは、自由で、何でもアリ。ぅふふふ・・・と眺めた。
お着物に、エコバッグ、黄色いスッパッツと黒いズック。
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実は、数時間後、偶然にもまた、この女性を見かけのだ。
場所は、伝法院通りの和紙絵のお店。ちょっと和紙絵に関心があったので、
見ていたら、この女性がモデルのように被写体になっていたのです!
私はいいタイミングと、許可を得て脇から撮影させてもらいました。
こんな可愛いお嬢さんを撮影することができて、うれしかったです。

若い女性というのは、どんな人であれ、何か華があるのですね。
自分も若い時代があったのですが、そんなことには、ちっとも気づきませんでした。
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さぁて、喧騒の渦のような浅草寺近辺から、ちょっと脇に外れただけなのに、
この伝法院というお寺の庭園は、大変静かで、まるで、京都のお寺の庭園のよう
でした。向こう岸にサギが一羽たたずんでいました。(目を凝らさないと見えないかも・・・)
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また、池の縁の緑地に、<span style="color:rgb(255,0,255);">ヒメクイナかしら、鳩より小さめの鳥の番(つがい)が
歩いておりました。
追記:これは、ヒメクイナではなくて、ムクドリだそうです。イーハ・トーブガーデンのnenemuさんに
    教えていただきました。nenemuさん、ありがとうございます。

新緑がまぶしく輝き、池面には、浅草寺の五重塔とスカイツリーが映っています。
これがあの浅草寺の境内だとは、信じられません。
路順に沿って進んで行きますと、途中でお抹茶のご接待にあずかりました。
紙コップでしたが、乾いた喉が潤い、気分がしゃっきりしました。
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さて、伝法院通りというのは、まことに面白い通りで、新しいもの、古いもの、
実用的なもの、時代めいたもの・・・まぜこぜなのですが、何でも被写体に
なりそうで、私の眼は、忙しかったです。
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以前にご紹介したことのある、地口行燈(じぐちあんどん)も、一つ一つ読んで
いくと、ぅふふ・・・と微笑がこぼれてきます。
  目刺しは、ものをおごらざりけり・・・
  元歌: 昔は、ものを思はざりけり

  過去ログ:2015年1月 干支の人形
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この通りの防火用水の桶(おけ)でしょうか、江戸情緒がありますね。
その下の「伝」の漢字が、鳩の絵で作られています。おもしろし!
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よく見れば、伝法院通りの門柱にも、鳩の意匠が。
今ふうにいうと、アイコンですね。おっしゃれ~。
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うどん屋や、蕎麦屋があり、江戸情緒にひたりつつ、
楽しい午後を過ごしました。

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by tamayam2 | 2015-05-05 17:32 | Comments(4)

【724】4月も早や半ばに

四月から、なんだか気忙しい日々を過ごしています。
仕事ではなく、すべてヴォランティア-の仕事だけれども
けっこう忙しい。手帳に予定が書いていない日があると、
ほっとして、家でぼんやりする・・・こういう休息が必要だ。
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久しぶりに晴れたので、空を見上げたら、ウチの唯一の高木の梢あたり
に花が咲いているように見える。この頃、目も悪くなったので、
望遠レンズで見たら、まぁ、なんということ、ハナミズキの花がすでに
直径5㎝ぐらいになっているではないか!?
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近所のお宅の小さなガーデンに、ニリンソウが美しく咲いていた。
ニリンソウは、【キンポウゲ科】。自然の中でうぁ~と咲いているのを
見たいと思うが、今年は、まだ自然の中に出かけていない。
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定期的に通っている豊島区で、ムラサキケマンの花を見た。
高層ビルの間の小道。雨の中に気高く咲いていた。
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こちらは、ヒュウガミズキ【マンサク科】の若葉、
若葉って、縁が紫っぽくって、托葉がこんな美しいピンクだったのか、
と驚かされる。扇のようにきれいに折りたたまれた若葉がしずかに開く。

先日、浅草橋の問屋街に五月人形を見に出かけた。
ヨーロッパに住んでいる友人に初孫が生まれたので、見てきて
ほしいとの依頼だった。予算は、2~3万円。
その金額が全く現実的でないことを、人形の製造元問屋を4,5軒
ハシゴしてよく理解した。桁が違うのである。
小さい兜や金太郎のお人形でもかる~く10万はしてしまうのだ。
初孫が生まれたおじいちゃん、おばあちゃんの懐を狙う商売がしっかり
確立していることを悟った。
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そのとき、浅草橋の駅前で目に留まった店。
いいなぁ~、一字で、商っている商品を表し、店主の名も明記されている。
江戸ッ子の心意気やよし。この潔さを私は、愛す。
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店頭をちらっと見てみたけれど、およそ紐(ひも)と名がつくもの、
何でも商っているのである。ビニール紐、植え木用のシュロ縄、
経木(きょうぎ)のひも(昔、肉屋さんでは、コロッケでも肉でも
経木の皮に、経木のヒモで結わいてくれたものだ。
今は、輪ゴムだろうな。

バラン(ハランというのか)とその紐は、握り飯、羊羹や、佃煮に使った
かしら。どこの家の庭の片隅でもハランが植えてあった。
今は、プラスティックでできた葉っぱの形にくりぬいた、不衛生なものに
なり代わってしまった。ハランという天然の葉があることも忘れ去られた。
ハラン【スズラン亜科】

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by tamayam2 | 2015-04-15 19:44 | 日々のできごと | Comments(4)

【722】昭和時代の子どもの遊び

3月も余すところ数日、28日(土)は久しぶりのポカポカ陽気に
誘われ、東京都小金井公園へ行きました。

この公園は、なんだかおおらかで、子供が緑地を駆け回っても、自転車で
走り回っても、犬連れでも、特に常識はずれなことをしなければ構わない
らしく、みなが伸び伸びとくつろいでいる。
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桜も三分~五分咲きというところ。
シートを敷いて仲間と宴会をやっている人たちも見かけました。

ぶらぶらと、奥のほうへ行くと、「江戸東京たてもの園」という施設が
あったので、入ってみました。
高橋是清の邸宅があったり、藁葺屋根の農家の屋敷も移築されて、
内部も公開されているのです。
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私が最も面白かったのは、昭和時代によく見かけた商店の建物。
こちらは、神田神保町にあった荒物屋だそうです。
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荒物って? 
バケツ、ほうき、ちりとり、やかんなど・・・
今なら、ホームセンターで売っているようなものでしょう。
壁が青くなっているのは、壁材が薄い銅板だから、化学反応で緑青色
になっているのね。

この建物の横丁に入ると、ちょっとした広場になっていて、
土管がころがっている。そこで、現代の子供たちが嬉々として遊んで
いるのです。
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ある子は、土管の中に入りこみ、ある子は、土管の上に乗っかって・・・
昭和20年ごろ、私が育った町にも空地があって、なぜか土管が
転がっていたのですよ。
そういうどころによく紙芝居のおじさんが、自転車でやってきたのです。
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その隣の空き地には、手こぎの井戸が!
年かさの子がハンドルを押せば、冷たい水がじゃぶじゃぶ出てきます。
下の水溜めで、年下の子がよろこんで遊んでいます。
ぽかぽか陽気ですから、水遊びはとても楽しそう。
大人たちも遠巻きにして、この光景を楽しんでいるようす。
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近くの原っぱには、諸葛菜(ショカツサイ)のムラサキの花がいっぱい。
花ダイコンともいうアブラナ科の雑草です。

ちょっとタイムスリップして、子供時代に行ったような・・・
楽しい時を過ごすことができました。

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by tamayam2 | 2015-03-29 21:39 | 日々のできごと | Comments(14)