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オバマさんのスピーチ

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陽もささず薄ら寒い21日、オバマ新大統領の就任演説を聴いた。
ワシントン,DCのモールにひしめく人々。晴れやかな笑顔。
若くて自信に満ちたオバマさんの演説は、なにか未来への希望を
予感させるような力強さがあった。

私がちょっといいなあと思った部分。(日本語訳)

(この厳しい現状を乗り切るための)成否を左右するのは、
昔と変わらぬ 勤勉と誠実さ、
勇気と公正さ、
忍耐と好奇心、
忠誠と愛国心である。これが真実だ。(中略)
こうした真理に立ち戻ることだ。

(・・・those values upon which our success depends---
hard work and honesty,
courage and fair play,
tolerance and curiosity,
loyalty and patriotism
------those things are old.
These things are true. )
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日本語で、勤勉さと誠実さなどと、気恥ずかしくなく言えるだろうか。
とくに、忠誠と愛国心などは、堂々と言えない。 (なぜかなあ)

でもね、日本のような小国の人々は、勤勉と誠実であることを
除いて、どんな徳を誇ることができようか。
公正と訳されているフェアープレイで勝負するしか無いですよね。

こういう言葉が堂々と言える英語国民をうらやましく感じた。

写真上:雲南サクラソウ(サクラソウ科 Primula filchnerae)
     7日 館山で購入
写真下:四川トキワガキ(カキ科 Diospyros cathayensis)
     14日、小石川植物園で
by tamayam2 | 2009-01-21 14:17 | 日々のできごと | Comments(12)

今日の切手(9):慶応大学

慶応大学は創立150年を迎え、
上野では 未来をひらく福沢諭吉展 が開催されている。

私は慶応大学にまったくゆかりのない者ですが、私の知己で
あの学校出身者を思い浮かべると、それぞれが一種の風格を備え、
大学を出て何十年も経つというのに、自分に課した課題を
コツコツと追求している、立派な人たちの顔が浮かんでくる。

慶応大学では、すべての塾生を君づけで呼び、先生と呼ばれるのは
福沢諭吉先生だけだそうだ。世間一般から見れば、ちょっと変な話
だが、己のポリシーをはっきり主張してよいのだ。私学だからこそ
できること。世間に迎合しない主張をもった塾生のみなさん、
150周年、本当におめでとうございます。


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さて、古切手の
コレクションの中に
創立100年記念
の切手が
あったので、

50年前の切手にも
一度は日の目を
見せてやりたく、
今日の切手に
選んでみた。
使用済みの
きたない切手
ですが・・・まあ、
見てやって
くださいまし。







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福沢諭吉について、私の知っていたことは、
  天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず 
      という有名な言葉を述べた人物。

つまり、人は生まれながらにして平等である、ということを、
福沢先生は、近代化を促すために説いていらっしゃったと
思っておりました。

ところが、それは誤解だったらしい。ウェブ上で知ったのだが、
この言葉には、続きがあって、

  ・・・・・人をつくらず と言へりが付いているのだそうだ。

この言へり  ・・・の後に続く文章については知らなかった。(汗)
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『学問のススメ』の冒頭に出てくる文章は、現代語に訳すと、

人間は、みな平等であると一般には言われているが、実際には、
賢い人も愚かな人もおり、貧富の差もある。その差は、どこから来る
かと言えば、学問をするかしないかによるのである、という主旨に
連なっていくのだそうです。

あ~、まったく生半可の聞きかじりは大変な誤解を生むものです。

現代は、何もかもテンポが速くなっていて、人の話も出だしの
ところだけ聞いて、ああ、知ってる、わかってるとしまいまで、
聞かないことがあります。出だしの部分が耳ざわりがよいからと
言って信用はできません。結論がどう展開していくかは、じつは
最後までしっかり聞かないとわからないのですね。

写真:14日小石川植物園で。ヤブツバキ
by tamayam2 | 2009-01-17 17:44 | 日々のできごと | Comments(14)

ひとつとなりの山

「ひとつとなりがいい。」
という文章から始まる池内 紀氏の新書。
出版されてから1か月ほどのできたてのほやほや。この池内節がなん
とも快いのだ。
その文は、さらに続く。

「人気のある山、よく知られた山のひとつとなり。
『日本百名山』などに入っていないお山。」


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ひとつとなりの山』
光文社新書 373
(2008年)

筆者は中年に
なってから、
そういう全国の
無名の山々を
登ってこられた。
グループではなく、
独りで、
自分のペースで歩く。





頂上をきわめるだけが目的ではない。
途中眼にする植物や樹木、小動物に関心を寄せ、風の音を聞き肌で
感じながら登っていく。その印象を、一歩一歩、地を踏みしめる
ような氏独自の言葉で語っている。
この方の言葉の使い方は、じつに味わい深い。
(ひそかに私の文章作法上の師と仰ぎ、氏のような
抑揚のきいた文章が書きたいものと常に思っている・・・・。)

近ごろ出かけた秋田県、乳頭温泉郷から見た乳頭山も、著書の三番目
に取り上げられていた。この本は、こんごの私の旅の方向性をきめる
大事な本になるかもしれない。
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初めて池内氏の本に触れたのは、
『ドイツ町から町へ』 中公新書1670 (2002年)
私がドイツに発つ直前に友人が贈ってくれた。
あとでゆっくり読もうと引越し荷物の中に含めた。
ドイツ文学者がドイツ国内の76の小さい町と地域を選びだし、
自分なりの思い入れを語る。

私の三年間の滞在中、できるだけ、自分の足でそれらの町々を
歩いてみたいと思い、訪ねた町にはチェック印をつけた。
76のうち36にチェックがついたから、約49%の達成率。
ほとんどが、池内氏と同様、週末を利用しての独り旅だった。
土曜の早朝に出て、日曜の夜に帰宅する一泊旅行。
ドイツでは週末には鉄道やホテル料金が安くなることもあり、日本に
比べてお金のかからない旅であった。
リュックに入れたこの本がガイド役をつとめてくれたのは言うまでもない。
列車を待つ駅のホームで、広場のベンチで、
いく度この筆者の文章力にうなったかわからない。

屈指のドイツ文学者、池内氏に案内されて路地の隅々まで歩くのだから、
これほど贅沢な旅はなかろう。
写真:Herrenberg 2007年3月
by tamayam2 | 2008-11-25 00:06 | 日々のできごと | Comments(10)

レオナード・フジタ展

blog仲間のcredenzaさんが、ベルギーに駐在されていたころ、
フランスのランスにある藤田 嗣治(ふじた つぐはる)
フジタ礼拝堂のことを書いておられた。

フジタの絵は好きだが、宗教的なフレスコ画やステンドグラスの作品
について知らなかったので、機会があれば訪れたいと思っていた。
ランス(Reims)はフランスの東北部に位置し、ブラッセルからでも
ケルンからでも日帰りで行けぬ距離ではなかった。
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その希望がはたせぬまま帰国したのだが、最近、上野で
レオナール・フジタ展が開かれていることを知って、さっそく出かけて
みた。
この展覧会については、こちらがくわしい。

初期の作品から、最晩年の作品まで非常に充実した展示だった。
来年1月18日まで公開しているようなので、関心がおありの
方はどうぞお出かけください。

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展示は、第1章から第4章まで分かれているが、3章と4章が
フジタの晩年の住まいと礼拝堂に関する本邦初公開の展示に
なっている。オーディオ・ガイドでは、フジタの80歳のときの
肉声が聞けた。お声が凛としていて、彼の思いがよく伝わって
きた。人は、最晩年には、かなうことなら、愛する人、愛するもの
に囲まれて、静かな環境で自分のしたいことだけをして過ごしたい
のだろう。その愛するものが一杯つまった室内の様子や、
そこで生活した人の思いが、お手製の作品からうかがえた。

ランスの礼拝堂は11月から5月までは休館だそうだ。それ以外の
ときにフランスに行く機会があれば、ぜひ訪れたい。
やはり、その礼拝堂の中に坐って、フジタの生涯に思いを馳せたい
ものだと思う。

写真:上野公園で 10月10日 サンゴジュ(スイカズラ科)
by tamayam2 | 2008-11-22 13:04 | 日々のできごと | Comments(4)

トルコ人に愛されているフランス人

旅行の前後に、トルコに関していろいろな本を読んだ。
その中で 『イスタンブールを愛した人々…エピソードで綴る
激動のトルコ』・・・(中公新書1408)というのが面白かった。

その本には、12人の人物が描かれている。
トルコ人に最も好まれていないドイツ人として、トロイの遺跡を
発見、発掘して、世界的には名声を博しているH.シュリーマン
(1822—1890)が挙げられる。

逆に、この本を読むまでに知らなかったピエール・ロティという
小説家(Pierre Loti 1850—1923)は、トルコ人に最も好まれている
フランス人だそうだ。
  (シュリーマンもピエール・ロティも、ともに幕末~明治時代にかけて
訪日、印象記を残している。)
   

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イスタンブールに4日間滞在した時に、そのピエール・ロティ
チャイハーネ(茶屋)という高台に出かけた。金角湾の奥まった
地点エユップからケーブルカーで一気に山を登る。小説家が愛した
茶屋には、観光客が大勢来ていて、対岸の絶景を見ながらチャイ
(トルコ風紅茶)を飲んでいた。じつに平和的な風景だった。
写真の家族は、ドバイから来たと言っていた。

トルコの植物の補遺集として、名前がわからないものも多いが
挙げておこう。
1)セージ(シソ科)かもしれない。いい香り。
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2)トロイの
木馬の
ところで見た
マメ科の
植物







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3)ウリ科
 の植物
 実を
 割ると、
 スイカの
 ように赤
 かった 








4)ムラサキ科の植物か。ごわごわした葉。花は、ピンクから紫に変化するようだった。   


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5)アザミの
  種類か。
  トゲが
  たくさん
by tamayam2 | 2008-10-08 12:44 | たび | Comments(12)

フェルメール展

終戦記念日の15日、お盆ということで、東京の町はガラガラ
だった。こういう日こそ、混雑が予想されるフェルメール展
行ってみるべしと考え、夕刻に上野へ行ってきた。
(只今の待ち時間0分!?)
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ドイツに住んでいたころ、アムステルダム国立美術館で
「牛乳を注ぐ女」を見て以来、あちこちでフェルメールの作品
に出あう機会に恵まれた。  
              過去Log:フェルメールを追い求めて
今回、来日した7作品のうち、私が過去に見たことがなかった
4作品を観ることができてよかった。一つは、個人蔵の
「ヴァージナルの前に坐る若い女」。とても小さな作品だが、
見てみたいと思っていたので。後の三点は、スコットランド、
アイルランド、NYメトロポリタン美術館からの作品。
(そこまで足を伸ばすのは、たいへんですからね。)

フェルメール展と言うものの、「光の天才画家とデルフトの
巨匠たち」という副題が示すとおり、フェルメール以外の
17世紀オランダを代表する画家たちの作品は見ごたえがある。
40点の作品を、よくぞ世界中から集めたりけりと驚くほどの
量である。

私が再会できてうれしかったのは、カレル・ファブリティウスの作品、
「楽器商のいるデルフトの眺望」(1652年 ロンドン、ナショナル
ギャラリー蔵)


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大変小さい作品で、
15.5x30.7cm
だから、
変形A4
サイズ
ぐらい。


魚眼レンズで見たように地面が湾曲している。その作品を仮に、
やわらかい素材でこしらえて丸めて見てみれば、立体的な眺望が見えて
くるはず、と思っていたが、上野の会場では、実際にそういう装置を
作って観客に見せていた。 (ちょっとやりすぎ・・・。)

フェルメールの生年1632年と言えば、日本では三代将軍家光の時代。
鎖国で外国人を出島に住まわせていたころだ。彼は43歳で死ぬまでに
30数点の作品を描き、東洋の日本で、こんなに人気者になっている
なんてツユ知らずに生涯を終えた。

昨年6月、ロッテルダムに行った時、ふと思いついてデルフトに
立ち寄った。 運河には、白いスイレンがたくさん咲いていた。           
                         過去Log:デルフトにて
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遠望の教会は、新教会。ファブリティウスの作品に描かれている
ものと同じ教会だ。新教会と言っても14~15世紀の建造物。


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フェルメール展
の帰り、
不忍池で
見たハス。
夜7時半
ごろ。
by tamayam2 | 2008-08-17 05:51 | 日々のできごと | Comments(12)

今日の切手(2):ネズミ

3月になってからやることではないのですが、新年にいただいた
年賀状の整理をしました。くじ運に恵まれない私宅でも、最下位の
記念切手が3枚当りました。150枚中の3枚ですから、
50分の1の確率です。お宅はいかがでしたか?


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今年
(2008年 
平成20年)
は、
干支の
先頭、
ネズミ年。






左は、木曾、奈良井宿の土鈴。 右は、甲府の土鈴。 



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左:12年前の
1996年(平成8年)は、
大きな唐辛子とネズミの図。




この年に、私が好きだった「男はつらいよ 寅さんシリーズ」の渥美 清が亡くなった。

右:24年前の1984年(昭和59年)は、打出の小槌(?)とネズミ。

この年は、私はカナダに住んでいた。植村 直己氏が、アラスカ州 
マッキンリーの山中で消息不明になった。

ヨーロッパでは、ネズミは、14世紀に起ったぺスト禍の歴史が
あるので、ミッキー・マウスのような愛すべきマスコットには、
なり難い。

ドイツの北部に、ハーメルン(Hameln)という小さな町があり、
そこを舞台にする「ハーメルンの笛吹き男」のお話は有名。

ネズミを追い出すのを職業とする男がいて、その男が笛を吹くと、
町中のネズミが家々から出てきて男に従う・・・ネズミばかりでは
なく町中の子どもたちもついて行き、そして、最後には・・・・・
子どもが一人残らず消えてしまうという怖いお話。

1284年に実際にあったできごとが基になっているということです。

                   過去ログ:ハーメルンの笛吹き
by tamayam2 | 2008-03-14 11:13 | 日々のできごと | Comments(0)

キラー通りの 芸術家

青山キラー通りのグラフィティを紹介したあとで、3枚目のサイケな
建物は、店屋ではなくて、その近くにあるワタリウム美術館の作品の
ひとつであることが判明した。

失礼いたしました。
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どんな商いをしているんだろう・・・なんて、tamayam2は現実的なことを
考えておりましたが、

ほれ、あれは、芸術作品なんですって!

作者のBarry McGeeさんという1966年生まれのアメリカ人は、
こう語っています。

「・・・・僕がグラフィティで主題にしているのはホームレス、浮浪者、街が排除
しようとしているもの、隠そうとしていること、存在していないふりをさせられて
いるものを取り上げ、みんなに見せることだ。・・・・」
watari-um 美術館は、ここ

なるほど、なるほど。おみそれしました。キラー通りは、美術館の第二会場
でもあったんですね!
by tamayam2 | 2007-11-27 06:35 | 日々のできごと | Comments(0)

R.L.スティーブンソンの 旧家

9月に、二度ロンドンに行き、あちこち歩きまわった。
ラッセル地区に宿を取ったが、そこにチャールズ・ディッケンズの住居
跡があると、友人のMさんが言うので、その住所を訪ねて行った。
歴史的建造物には、青い陶製の楕円形のプレートがはめ込んである。
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その後、ハムステッド地区では、キーツの家や、ロバート・ルーイス・
スティーブンソンの旧家を、チェルシー地区では、オスカー・ワイルドや
カーライルの家を、ブルーのプレートで確認することになった。

R.L. スティーブンソン(1850-1894)のプレートを偶然見つけたのは、
夕暮れ時の薄暗くなりかけた住宅街であったが、
同行のYさんが、突然美しい声で Bed In Summer という
彼の英詩の一部を諳んじ始めた。

うかがえば、学生時代のご専攻は英文学とか。英詩を暗誦することなど、
昔の学生はよくしたのだろう。
夕暮れの丘に彼女の朗々とした英詩がひびき、その町の風景とともに
忘れられない印象が刻まれた。

英国の夏(5月ごろから9月末ごろまで)は太陽がまぶしく、夜の9時
ごろまで明るい。それなのに、「子供は、7時にベッドに入るもの」と
決められている。口答えできず、ベッドに追いやられたものの、納得が
いかない子供の心情を綴った詩。


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・・・・もっと、もっと外で
   遊びたいのに、
   大人たちはそぞろ歩きして
   いるのに、
   どうしてボクはベッドに
   行かなければならないの・・・。





英詩のお約束どおり、night, light や、day, wayと・・・末尾は
韻を踏んでいる。
『宝島』の作家は、ベッドの中で、冒険旅行などを夢見ながら長い夏の
夜を過ごしたのではないだろうか。
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日本でも、歌碑などをみて、すらすらと短歌が出てくる人たちがいる。
昔に習い覚えたことが、無駄にならなかった人たちだ。それが
若いころとは違い、キザな感じではなく、素敵だなあと思う。
そういう人たちと旅行をしていると、2割増ほどトクをしたような気がする。
(嗚呼、俗物的な表現で、彼らには聞かせられないが・・・。)

ロンドンのチェルシー地区というと、東京の田園調布。ここの一隅にある
Chelsea Physic Gardenという薬用植物園は、17世紀から続く
由緒ある植物園。(1673年 開園とは、驚き!)
水曜と日曜の午後しか公開されていないが、その日にロンドンに居合わせ
れば、ぜひ立ち寄ってみたいところ。
英国の、古きよき時代の博物学の伝統が感じられる。

写真:チェルシー地区の住宅で見かけたアサガオ
by tamayam2 | 2007-10-16 00:41 | たび | Comments(0)