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【806】娘一家との小旅行 奈良へ

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米国に住む娘一家が東京のわが家に6月12日から23日まで滞在していた。
久しぶりに会う孫は、8歳と10歳。LAの公立小学校のたしか2年生と3年生か。
彼らが日本で一番したいことは、奈良で生きているシカと会うこと。
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我々も同行することにしたが、なにしろ、我々は、80代と70代。
我々のペースに合う部分だけ部分参加することにした。
さぁて、奈良に着くやいなや、奈良公園に直行。
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シカは結構大型の動物なのに、そこら辺に堂々と歩いている。子供たちも、
もちろん私どもも、すっかりこの動物が好きになってしまった!
静かに歩んでいて、攻撃的ではないし、体が美しい。触っても恐れない。
臭くない。大仏殿の前の歩道は人がいっぱいだったが、シカは悠々と歩んで
いる。子供たちは、目的がかなえられて大満足していた。
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翌日、娘一家は、親戚の者と会うため、春日神社へ。

我々は、別行動して、バスに乗って唐招提を訪ねた。

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薬師寺を訪ねたかった理由の一つは、ウチに昔からあった古い写真の一つ、
ヘレンケラーが(たぶん第2回目の訪問の1948年)鑑真和上のお目を
撫でている写真があったから。鑑真和上の像の永遠に閉ざされたお眼を
指で触っている彼女自身も盲目。盲目の人が鑑真和上のお姿を確認するために
触覚に頼っている。非常に不思議な、感動的な写真だ。この像は今は、
一般に公開されていないが、「身代わり像」としてレプリカを見ることができる。
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(国宝。唐招提寺はユネスコの世界遺産の一つ。)

芭蕉が鑑真和上坐像を拝したときに詠んだ「若葉して御目の雫拭はば」を
はからずも思い出した。
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上は、鑑真和上の墓所へ行く道。苔生して、きらきらと輝いていた。
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ちょうど見ごろだった蓮の花も見ることができた。
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静かな石畳の道。
どこかで美しい景色に出逢ったら「あ~、いいなぁ!今度来るときにはあの人と
歩きたいとか、〇〇にも足を伸ばしたい」などと昔は思ったもの。
今は「今度? それはないだろう~」と思う。
だから、老人の旅は寡黙になるが、別に深刻ではない。時の流れを回顧したり
行く末を想像したりしてけっこう愉しんでいるのだから。寡黙な人と旅をするのも
そう悪くないと思った。
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by tamayam2 | 2017-06-24 16:22 | たび | Comments(6)

【774 】孫たちとの生活

ロサンゼルスの孫たちとの生活は、かなり忙しく、小学校の送り迎えを
しなければならないので、彼らがいない数時間は、貴重な時間。
買い物に出かけたり、娘は在宅勤務もしているので、書斎にこもって仕事をして
いることもあった。玄関のジャカランダ(マメ科)の花が美しかった!
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孫たちの公立小学校は、5月末に学期が終わり、8月11日まで11週間は夏休みだ。
5月末は、いろいろな科目の発表会や、授業のまとめが行なわれる。
上の孫娘Kyokoは、9歳、3年生。下の子Ayakoは、7歳で1年生。
左がKyoko, 右がAyako
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Kyokoちゃんのバレエの発表会、コーラスの発表会は学校の課外活動のようだった。
とは言え、衣装は誂えで、舞台のはねた後の花束を用意するなど、かなり本格的なもの。
それで驚くのは早かった。まだまだ、子供関連の課外授業が続くのだ。
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土曜日には、ふたりとも個人のコーチについて、テニスを習っている。
日曜日には、Kyokoは乗馬のレッスン。
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Ayakoは週に二回、近所に空手を習いに行っている。
乗馬は、ちょっとハイクラスなレッスンで、空手は、庶民的なお稽古事のようだ。
あくまで、子供の自主性に任せてあるので、そういう結果になったそうだ。

更に、金曜日には、ピアノの先生が家に来てレッスンをしてくださる。
その発表会も間近ということで、ママは練習に付き合っていた。
まぁ、こんなにたくさんレッスンをして…お金もかかるだろうし、
車で送り迎えもしなくてはならないし、親は大変だ!と私どもは思う。
日本の小学生もこんなふうに習い事をしているのだろうか。

学校から帰ってきたら、おやつを食べた後、ママが子供たちの勉強をみてやっている。
1時間ほどたっぷり! 毎日プリント一枚ぐらいの宿題が出ている。
パパもママも、一応Ph.Dをもっているからいいようなものだが、
あまり、教育レベルの高くない親だったら、家庭教師を雇わなければならないだろう。
しかし、娘の話によると、ウチの孫たちの成績は中程度で、親の努力は全く報われて
いないそうだ。
私どもジジ、ババは、こういう話を聞いても、「へ~、そうですか!?」と
他人事のように聞いておられるのがありがたい。

日本で私の友人のおばあさん方の話を聞いていると、孫の習い事の話、学校の成績、
それに教育にお金がかかることなど、関心事の筆頭に来る。同じなのね~
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左がAyako, 右がKyoko.
私どもは、日本から【飛び出せお寿司】という簡単な道具をもっていって、
握り寿司の夕べを開催した。ロサンゼルスの日本食専門スーパーで、マグロ、
シマアジ、ハマチなどのサクを手に入れ、それにシャケのぞぼろ、だし巻き卵、
蒲鉾、薄味に煮た高野豆腐、アボカドなどを加え、子供たちに握りを作らせた。

米はカリフォルニア米、日本から持参した「すしのこ」という粉末ですし飯を用意。
こんなおもちゃのような【飛び出せお寿司】だが、どんどん作れる。
大成功だった。私どもも楽しかったし、大人も子供も楽しめた。
【飛び出せお寿司】はインターネットで買えますよ。 ここを見てね~

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私どもが帰る日、私のベッドに来て「帰らないで~」と私のバッグに座りこんでしまったMarble!
このネコは、娘が独身時代から飼っているネコ。すでに18歳以上。老ネコだが、大事な
家族の一員になっている。

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by tamayam2 | 2016-06-15 15:37 | たび | Comments(4)

【743】マレに隣接した暮らし

長年のBlog友、Eさんのお宅を訪ねようと思った
一番の動機は、彼女のお話によく出てくるマレ、
Les Marais(沼地)というものがどういう所なのか。
そこでどんなことをなさっているのか、興味を覚えた
からだ。
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私は、ホテルから歩いて10分ほどの彼女のお宅に通った。
見上げるようなプラタナスの大樹の並木道。この横が
すてきな公園になっている。
川べりにひときわ窓辺の花の美しい家があった。
どんな人がお住いなのだろうか。
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カモ、オオバンが泳ぎ、リスが屋根伝いにチョロチョロと顔を
出す道。岸辺に咲く野草は何だろうか….うっかりイヌの落し物
を踏まないように!

大聖堂がある町だから、中世には、司教座というものがあって、
司教様が君臨しておられた。言ってみれば、そこは、カトリックの
王国のようなものだから、司祭、修道僧などのヒエラルキー
が存在していて、従う民の胃袋を満たす必要があった。

農地として、考えだされたのが、このマレ(沼地)だったらしい。
肥沃な土を盛り上げて小島を作り、そこで、野菜や果樹を育てた。
労働力は、修道士が担った。ふぅ~む、なるほど、よく考えられた
土地利用法。
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かつての修道士たちが汗を流し作った小島が、現在は1200もあると
いう。小島は、市民に賃貸されており、第一線を退いた中高年の人
たちの趣味と実益の場として、大いに活用されている。
一国一城ではなくて、一国一島の主となって耕作をしたり、
釣をしたり・・・友人を招いてお茶を楽しんだり・・・

但し、この島には、水道、電気はない。農機具を入れる小屋を
建てることはできるが、そこに住まうことはできない。
人々は、小さなボートをもっていて、竹の竿を静かに
掉さして、小島の間を移動する。

島でできた収穫物は、親しい友人にお裾わけ。
大がかりな土木工事や物資の運搬は、日本の“結い”のように
近隣に人たちが助け合って行う。
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そんな中で、わが友Eさんは、健気に近隣の方々の輪に
とけこんで、心からこの小島の領主の生活を楽しんでいらっしゃる
のだった。アジア人は、彼女一人という。
竹竿一本をあやつる船頭さん。
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水先案内を務めるのは、かっちゃんというイヌ。
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かっちゃんは、必要とあらば、果敢にも水に飛び込み、
またある時には、小舟から島へひょいと飛び移り、
またひょいと舟に戻ってくるという芸当もやって見せる。
そのすばしこいことと言ったら・・・・
その合間に、水際の野ネズミの穴に鼻を突っ込んで、
野ネズミを驚かしたり、領地の防衛、安全管理の
責任も担っているのだ。

かっちゃんは、島に上陸したとたん、非常に活発になり、忙しい。
私のような客をかまっている暇はないと言わんばかりに、島中を
駆け回って総点検に余念がない。
さっと水に飛び込んでは、がぶがぶと水を飲み、
島に戻って来ては、ネズミ穴を探す。
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こんな幸せなイヌがこの世の中にいるだろうか!
イヌのお洋服を着せられて、室内に閉じ込められている
ヤワな都会のイヌではなく、本当に野生のイヌが目を輝かせて
動き回っているのだ!

わずか数日の客人である私から見て、彼ら(Eさんとかっちゃん)
の生き方は、人間としてイヌとして、シンプルではあるが、
根源的な喜びに満ちた生活を実践しているように思える。

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by tamayam2 | 2015-09-08 13:02 | たび | Comments(16)

【720】長崎---「信徒発見」から150年

先日3月6日~10日まで長崎、五島列島を訪問したことは、
前回に記した。五島列島教会巡礼の前後に長崎に3泊した。
家人は、以前から長崎へ行きたいと言っていたので、スケジュールの
合間を縫って長崎の街歩きも楽しんだ。
夜は、海の幸を楽しんだことは言うまでもない。
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さて、今回は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」がユネスコ
世界遺産候補に推薦されたこともあって、その関連行事にも参加した。
長崎の街は、いま、「世界遺産」という掛け声で盛り上がっている。
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特に今年2015年は、150年前に起こった「信徒発見」という出来事によって、
記念すべき年なのである。

徳川家康の禁教令が出されたのは、1612年。
明治6年(1973年)に禁教が解けたものの、キリスト教徒は、
弾圧迫害を恐れ、長崎、天草、五島などの僻地に潜伏し、250年間、
七代にわたり家族内で密やかに信仰を守っていた。
いわゆる「隠れキリシタン」である。

1865年3月17日金曜日の昼下がり、
フランスから赴任してきたプチジャン神父(Petitjean 1826-1884)は、
大浦天主堂の戸口に10数名の日本人が堂の中に入ろうとしているのを
見つけた。そのうちの一人の婦人は、神父の耳元に
「われらのムネ、あなたのムネとおなじ」とささやいた。
更に続けて問う。
「サンタ・マリアのご像はどこ?」
この垂れ幕が掲げてある建物は、大浦天主堂の階段の脇にある大司教館
多くのキリシタンの教会を建設した鉄川与助(1879-1976)の作品である。
資金は、フランスのド・ロ神父(do Rotz 1840 -1914)がねん出した。

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こちらは、大浦天主堂の内部。内部では撮影できないので、
入口の外からスマホで撮影した。
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長崎郊外の枯松神社という場所は、隠れキリシタンたちが、密やかに
集まって、おらしょ(祈祷)を口伝で練習した場所として有名である。
こちらは、キリシタンの素朴な墓石。
平らな石が置いてあるだけのものだが、
その墓石の上に10個ぐらいの小石が散らばっている。
墓参したときに、十字の形に並べ、その後は、小石を散らして
墓石であることを悟られないようにしたという。
文字などは刻まれていない。何という悲しい作法だろうか。
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大浦天主堂のすぐわきに有名なグラバー園がある。
グラバー(Glover 1838-1911)という人はもともと武器商人であったが、
日本人の妻を娶り、日本の土に還った。
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この時代に何等かの縁があって日本人と接触した外国人は、日本語を習い、
日本人のよき協力者を得て、最後は、日本の土に骨を埋めた。国際交流と
言えばかっこいいが、大変な苦労の連続であったろう。長崎の歴史は、
こうした外国人を受け入れ、諸外国の文化に立ち向かい葛藤する努力の上に
築かれたと言えよう。

グラバー園、大浦天主堂から、オランダ坂、活水女子大学の坂を通り、
長崎新地中華街のほうへぶらぶら歩きを楽しんだ。
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その途中に古めかしい煉瓦造りの建物があり、若い女性が撮影していた。
そこは、旧英国領事館

あたりには、自家製のカステラを焼く店があったり、蒲鉾屋があったり・・・
新しいものと古いものが混在していて、楽しい町歩きになった。

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by tamayam2 | 2015-03-21 11:20 | たび | Comments(8)

【719】五島列島・キリシタンの教会を訪ねて

3月6日~10日まで、上智大学主催の「長崎・五島列島キリシタンの
足跡を訪ねる旅行」に参加した。卒業生、在校生、カトリックの神父様など
総勢70名の団体旅行だった。
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長崎から100キロも離れた五島列島には、ジェット・フォイルという
高速ボートで1時間半。
江戸時代には、流刑地でもあった。さもありなむ・・・。

南の島は、福江島と言って、五島市になっている。
最北の島は、中通島で、そこは、上五島町
市と町の違いがあるばかりか、江戸時代には、南は大村藩、
北は、鍋島藩であり、それぞれの大名はキリシタンへ対応が微妙に異なって
いた。キリシタンの締め付けが厳しくなってから、隠れキリシタンの人々は、
北の過疎地の奥地へ、どんどん逃げ込んでいった。

10以上の教会を巡って印象がバラバラになりがちなのだが、北の上五島地区
(最も過疎地)が一番心に残った。
これらの教会群は、いま世界遺産の候補になっている。
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明治6年禁教が解禁になってからの教会群は、レンガ造りの重厚な建物もあるし、
木造の建物もある。
上五島・頭ヶ島(かしらがじま)教会は、珍しく石造りの建物であった。
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教会の外部は撮影ができるのだが、内部の撮影は、原則的に禁止されている。
下の写真は、HPより。花をモチーフにした木造のレリーフが美しい教会だった。
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祭壇は、撮影禁止なのはわかるが、素朴なステンドグラスの光を撮影したい
と思っていた私は、がっかりした。
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こちらのステンドグラスは、最も北はずれの江袋教会で撮影した。
(室内では撮影できないので、外で撮った。)
この教会は、火災に遭って再建されたので、木造である。

ほとんどの教会は、土足厳禁で、入口で靴を脱ぐ。
トイレは、別棟になっており、どの教会も世界遺産候補を意識してからか、
過疎地にもかかわらずよく整備されていた。
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頭ヶ島教会は、本島から離れた小島にあるのだが、橋で繫がっている。
岬のはずれに教会の共同墓地が広がっていた。前の島は、轆轤(ろくろ)島。
信者の墓地がどこまでも続く。十字架が林立する様は過酷な迫害を避けて
この地に住みついたキリシタンたちの過酷な生涯を封印しているように見えた。
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教会の内部は、おおかたリブ・ヴォールト様式というのだろうか、
曲線の梁で大きな天井が支えられている。
ガイドさんの言葉でいうと、“コウモリ天井”
うむ、たしかに、コウモリ傘の骨組みのようである。

たいていは、鉄川与助(1879~1976)の設計が基になっている。
信者たちがなけなしの金を貯めて、何年もかけて建設された。
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五島列島のいたるところでよく目にしたのは、野性のヤブツバキ
椿油、ツバキ飴・・・は、アゴ(トビウオ)の煮干しとともに、島の産物
になっている。
われわれは、ツバキの花が咲けば美しいなぁと思うが、島の主婦らは、
「今年もようけ実がなったら、小遣いが増えるなぁ~」と思うそうである。

ガイドさんは、昼食の食卓に載ったマグロの刺身を見て、
「東京のみなさんは、マグロがお好きですね。
ボクは、マグロは食べまっしぇん。だって、近くの海で捕れる新鮮な小魚が
あるでっしょ? それば、食べよると、うまかですタイ!」と。
本当に島は、農業こそパッとしないようだが、海の幸は実に豊かなところなのだった。
この海の幸によって、隠れキリシタンたちの命が長らえることが
できたのだろうと感じた。

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by tamayam2 | 2015-03-20 10:14 | たび | Comments(6)

【716】シアトルに叔母を訪ねる

シアトルに住む叔母は、私の父の妹で、大正10年生まれ、
先月94歳になった。
90歳のとき、息子二人が住むシアトルに引っ越してきた。
それまでは、ミシガン州デトロイトに一人で住んでいた。
過去ログ:2011年2月  90歳の誕生日祝い
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体も頭のしっかりしており、週に一度、赤十字の老人センターに出向き、
そこで、裁縫や編み物の奉仕をしている。
例えば、5歳ぐらいの子供のエプロンを同じ型のものを何十枚も作るとか、
子供がお昼寝をするときのマットのカヴァーを作るとか、
作品は、センターの要望に応じて変わる。
流れ作業で、ミシンが使える人は、ミシンだけ、アイロンの人は、アイロン
だけ、ボタン付けの人は、それだけというようになっているらしい。
叔母は、ミシン専門で、今でも普通のミシン、工業用のミシンを所有して
いる。その他にも編み物も担当している。

日本女性は、たいてい家庭科でミシンの扱い方を習っているけれども、
米国人は、ミシンなど家庭で持っている人は皆無。
扱える人は、ほとんどいない。(今は日本でも同じような事情かなぁ~)
その他に、日曜日に近くの教会にも行っている。
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私は、2014 年4月にも、ワシントンDCに行く途次、シアトルに立ち寄った。
今回は、西海岸ロサンジェルスから北上して、シアトルに行く。
飛行機で3時間足らず。
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SeaTac空港(シアトル-タコマ空港)に着く前に飛行機の窓から
きれいな山々が見えた。レイニア山の一部だと思うが・・・
カナダとの国境の辺りには3000m級の火山がたくさんそびえている。
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今回は、LAに住む従弟の洋子ちゃんを誘って出掛けた。
洋子ちゃんは、叔母の長女で、私と同い年。
叔母さんの古いアルバムを見ながら、昔の写真を見つけては
懐かしい人々の思い出話に華がさいた。
その一枚。1950年ごろ、5, 6歳ぐらいの私と洋子。
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前列: 左から、洋子、私の妹、私
後列: 左は、母(33、4歳ぐらい)と 洋子ちゃんの養母 綾子
叔母さんの家の庭に、クロカッスが咲いていた。
前の家の前庭には、早くもサクラが咲いていた。
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叔母は、NHK Worldを観ており、ラジオ体操、相撲、ニュース
など日本語放送を楽しんでいる。
われわれもいっしょになって、『初めてのおつかい 25周年』という
2時間番組を観た。
本当に、Pricelessな(値がつけれらない)、ひとときだった。
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叔母は、私とは日本語で、息子たちや洋子ちゃんとは英語で話す。
彼女は、日本では奈良女子大、アメリカでは、UCLAの卒業生だ。
よく学び、学んだことがすべて役に立っている・・・
教育の力が、一人の女性にドラマティックな人生を与えたと思う。

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by tamayam2 | 2015-02-27 18:04 | たび | Comments(9)

【676】日本の蝶展

八月に入りました。
暑さは、ますますその勢いを増しているように思えますが、
Tamayam2は、2日、東京駒場の東京大学付属博物館へ行ってまいりました。
そこで、「日本の蝶展」をやっているとあらば、覗いてみないわけにはいきません。
たまたま見た新聞で知ったのですよ。
ポスターは下。
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HPはここ
行ってみてやはり、驚きました。
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コレクションの標本がとてもきれいに保存されていること。
日本産の蝶242種類全部、また迷蝶など外国産のものを併せて、
275種類が展示されているのです。その量と質に感動しました。

蝶に興味のおありの方は、ぜひ、井の頭線、駒場東大前下車3分のこの博物館に
足をお運びください。9月23日まで。入場無料。

このHPを開きますと、242種類の日本の蝶のリスト
また、日本のカメムシのリストがダウンロードできます。
なぜカメムシかというと、昨年、このキャンパスで新種のカメムシが発見された
ということです。(エドクロツヤチビカスミカメ
これは、好事家にとっては、貴重な資料です。
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私は、東京大学とはまったく関係がありませんが、なんだか、この大学の
おおらかさに好感を持ちました。(国民の税金で運営されている大学なのですよね。)
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また、今回の展示の一部分は、教養学部長を歴任された毛利秀雄名誉教授(1930~)
から提供されたものだそうです。
なんだかやんごとなき血筋のお方でいらっしゃるようですが、その方のコレクションの一部を
拝見することができて、本当にしあわせな午後を過ごすことができました。
東大のキャンパスは、緑が多く、蝉しぐれが響いておりました。
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運動場へ通じる階段をおりて駒場東大前の西口方面へ歩いて行きますと、
小さなせせらぎがあり、草むらでシジミ蝶やシオカラトンボも見られるのです。

澁谷から二駅離れた場所ですのに、都会の喧騒とは別世界の感があります。

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by tamayam2 | 2014-08-02 19:27 | 日々のできごと | Comments(14)

【685】三社祭りに行ってきました

ピーカンの土曜日17日、浅草の三社祭りに行ってきました。
浅草駅からもう大変な人出。そろそろと伝法院通りのほうへ歩を進めて行きますと、
にぎやかなお囃子の響きに続き、各町会のお神輿が次々と登場します。
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人と人の間から、お神輿風景を撮影させてもらいました。
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担ぎ手も先導役もテンションが上がっていますから、うろちょろしていると、
弾き飛ばされそう。
揃いの袢纏に、ふんどしの男衆。
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女性は、頭に手拭い・・・やっぱり若い女性の担ぎ手は、お神輿の華です。
どの顔も輝いて、玉のような汗を飛ばし、わっせ、わっせ!
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子供のお神輿も出ていました。
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このワンちゃんも、衣装をつけて、白足袋は、天然モノです。
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子供たちもこの日は、ハレの日、暑いので、飲み物も分けあっちゃう。
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昼時になり、花やしき付近の飲み屋では同じ印半纏の町衆たちが一休み。
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袢纏の凛々しさに見とれてしまいました。
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女性の浴衣姿もすてきでした。
国際通りをずっと北のほうへ歩いて行きますと、
竜泉(りゅうせん)というバス停が!?
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竜泉寺町・・・と言えば、樋口一葉の『たけくらべ』の世界です。
樋口一葉(ひぐち いちよう 1872~1896)
横丁を入ったところにある一葉記念館に立ち寄ってみました。
樋口一葉って、だれだ?と思われる方、五千円札にお顔が出ておりますよ。
明治時代の小説家で、なんと24歳で亡くなっております。
流麗な文章を書く方です。
白紫の花は、匂蕃茉莉(ニオイバンマツリ ナス科)
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そこから、都内で唯一残った路面電車に乗るべく、さらに「三ノ輪橋」まで
歩きました。ちんちん電車の沿道には、バラの花が咲き、下町の人の
やさしさが感じられました。三ノ輪橋から早稲田まで各駅停車の電車が
トコトコと進みます。全線170円で、スイカ、パスモも使えます。

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by tamayam2 | 2014-05-19 08:55 | 日々のできごと | Comments(12)

【680】新宿御苑のサクラたち

先輩のKさんへ、

その後、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
先日、新宿御苑にサクラを見に行ってまいりました。
偉い方々が集う園遊会とか観桜会とかありましたが、その後の4月23日、
サクラは、やや盛りを過ぎた様子でしたが、ぽかぽか陽気の気持ちのよい午後でした。

大木戸門から入って、ずずっいとイギリス式庭園を過ぎて池のほうへと、
歩を進めてまいりますと、途中で鬱金(ウコン)普賢象(フゲンゾウ)が見えて
きましたが、サクラの花にくわしいOさんが、どんどん先に行きますので、
私は撮影もそこそこ、はぐれないようについてまいりました。
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池のほとりの角のところにお目当ての御衣黄(ギョイコウ)がありました。
うっすらと、ピンクや黄緑の線が入っており、咲き始めのころは、全くの萌黄色だと
教わりました。ぜひ、その時期に見てみたいものです。

サクラは、ピンクとばかり思い込んでおりましたが、黄緑のサクラが実際にあるのですね!
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私、実は、17日に、サントリー・ホールの音楽会に出かけたのですが、そこの
入口の近くで、ピンクと黄緑の花が混ざっているようなサクラを見つけ、
めずらしいと思って写真を撮ったのです。
ああ、それは、やはり鬱金(ウコン)でした。
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その後、我々はツツジの植え込みのある丘をすぎ、旧御涼邸(台湾閣)に行きました。
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ここは、昭和天皇のご成婚を祝して、台湾在住の邦人が寄贈なさった建物ということです。
台湾閣から日本庭園を観るのもよし、日本庭園から中国風の四阿を眺めるのもよし、
まことに風雅な眺めでした。フジの花が四分咲きぐらいにほころんでおりました。
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その後「上の池」のあたりを歩いておりますと、いい香りが!?
名札によると駿河台匂(するがだいにおい)という種類でした。
上品な香りで、うっとりといたしました。
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池のほとりにイヌザクラ(ウワミズサクラ亜科)も見られ、これも桜の種類だと知りました。

そこから「親子の森」の方へ参りますと、オオアマナ、セリバヒエンソウ、ラショウモンカズラなどが生えているのが見られました。
都心なのに、貴重な野草だと思います。

ラクウショウの気根がにょきにょき出ている湿地を通りこして、新宿門近くの広場に出ますと、
ああ、運よくハンカチの木の花がひらひらと見えてきました。Oさんは、落ちている種をいくつも拾っていました。
庭に植える気でしょうかね。
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雲南省に派遣されたフランス人の神父様の名にちなんで、Davidiaと呼ばれている
ハンカチの木(ミズキ科 Davidia involucrate)
じつは、この神父様、フランス人、と言ってもバスク人。
スペインの北部、バスク地方の出身です。バスクというのは、フランス人でもなく、
スペイン人でもなく、バスク語を話し、じつに独立の気運の旺盛な人々です。
イエズス会の創始者、イグナシオ・ロヨラや、日本へキリスト教宣教に関わった
フランシスコ・ザビエルもバスク人です。
  Armand David、1826-1900
David神父様は、ラザリスト会出身で、中国雲南省に派遣されたのでありますが、
四不象というシカの一種やジャイアントパンダを初めて西洋に紹介した動物学者として
有名です。また、ハンカチの木ほか、多くの極東の植物を西洋に紹介したプラントハンターと
して名を残しています。

彼は、きっと、雲南省に派遣されたことをどんなにか幸せに感じていたことでしょうね。
珍しい、動植物にあふれていて、(本業の宣教よりも?)博物学への魅力に
魅了されてしまったことでしょう。
彼の発見により記録された植物はハンカチの木だけにとどまりません。

その後、われわれは、徒歩でいつもの場所まで行き、兄をしのび一献傾けたことは
言うまでもありません。
どうぞ、ご健康に留意なされ、またいずれの地でか、お目に掛かれる日を
われわれ一同、心待ちにしております。

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by tamayam2 | 2014-04-30 21:03 | 日々のできごと | Comments(2)

【676】スミソニアンの豊かさ

娘の家の近く、メリーランド州Kenwoodという住宅街はサクラの名所と
して有名だ。どの家の前庭にもサクラが植っているのではないだろうか。
サクラの街路樹も見事だった。
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国旗を掲げている家もよく見かける。
(日本だったら、ちょっと国粋主義的と思われるのではないか。
日の丸は自国の国旗なのに、堂々と掲げられないってなんだかおかしい。)

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こういう人が集まるところ、自家製レモネード売りの小卓が出る。
売り子さんは、幼稚園生ぐらいの子供。
売りモノのレモネードやブラウニーを作るのは、きっとその子のお母さん。
1つ2ドルだった。 子供はこういう機会に、経済学の体験学習する。
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キャリーは花見に関心なく、ご機嫌が悪かったが、公園のブランコで気分が直った。
右の女性は、娘の友人。
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こちらは、スミソニアン協会のセンターになっている建物。
“キャッスル”と愛称で呼ばれている。
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議事堂近くの広場(Mall)に点在する博物館群はすべて入場無料。
世界的なコレクションを所蔵しているが・・・スミソニアン協会が管理している。
スミソニアンを支える膨大な財源を寄付したのは、フランス人のスミソンという科学者。
  James Smithon(1765-1829)
Smithon氏の寄付で賄われている施設群をSmithonian という。
この人は、生涯一度もアメリカを訪れたことがなく、独身であったため膨大な遺産を
譲る親族がなかった。全遺産を譲られたアメリカという国は、本当に幸運だった。
1996年にスミソニアン協会設立150年を祝ったという。
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私は、ふだんはごく庶民的な生活をしているので、1ハンドレッド、ミリオン(1億のこと)
とか、10ハンドレッド ミリオン(10億のこと)というような数字を聞いても全く
想像がつかない。それ以上の金額に及んでは、何の意味もなさない。
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スミソン氏がどのぐらいの額を遺贈したか知らないが、彼の意思としては、
母国フランスやご先祖がいた英国ではなく、未知の国アメリカに夢を託したかったので
あろう。ヨーロッパのケチ臭い、旧弊な考え方を不愉快に思っていたのかもしれない。
いまその恩恵を、アメリカ人は当たり前のように受けている。
(だれが寄付しようと、だれが所有しようと、地球上のどこかにあればいいじゃん・・・)
ということなのかもしれない。
豊かさとはそういうことなのだろうなぁ~

“キャッスル”の裏手で見たモクレン。マグノリアと呼ばれているが、日本のモクレン
よりも花付きが豊かな気がする。別の種類なのだろうか。
甘い香りが辺りを包み込んでいた。

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by tamayam2 | 2014-04-20 20:39 | たび | Comments(4)