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ドイツ最古の町、トリヤー

今回の旅で、ドイツの南部、フランス、ルクセンブルグの国境
近くのトリヤー(Trier)という古い町を再訪した。
過去ログ:2005年8月 古い町、トリヤーにて
ローマ人がライン、モーゼル川を通ってこの町に
やってきたのは、4世紀ごろ。
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古い浴場の跡地を見に行った。
地下に沸かした湯や、排水を流すパイプが通してあり、
たいそう大掛かりなものだ。やはり、湯に体を浸すのが
一番のリラックス法だったようで、貴族だけでなく、庶民も
利用できたらしい。

震災を受けた東北の方々に、いま一番プレゼント
したいのは、温泉じゃないだろうか。
廃墟に真黄色のレンギョウの花が咲いていた。

その辺りでみた野草の数々。
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日本で見かけるのは園芸種だが、こういう雑草が原種だろう。
デージー【ひなぎく キク科 Bellis perennis】
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スノードロップ【まつゆきそう ヒガンバナ科 Galanthus nivalis】
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シラー【ユリ科 Scilla siberica】
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キバナセツブンソウ【黄花節分草 キンポウゲ科 Eranthis hyemalis】

町の中央にある大聖堂の時計台。
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ラテン語は、「その時がくる時刻はいつかわからない」という
意味。教会の時計台には、よくこのような文字が見られます。
Memento Mori(死を覚えよ)もその一つ。
げに、我々人間には、いつ、どのような死が訪れるのか・・・
だれにもわかりません。そのときを覚えて、日々を大事に、
ていねいに過ごすしかありません。
by tamayam2 | 2011-03-23 09:10 | たび | Comments(16)

旅行中に聞いた震災のニュース

このたびの大震災に被災された方々に心からお見舞い
申し上げます。被災地で日夜、骨身を削って仕事を
しておられる方々に、手を合わせたい気持ちです。
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3月11日(金)の午後、私は、パリからルクセンブルグに
向かうフランス新幹線TGVの車中にいた。

突然、同行者の日本からのメールで、東北地方に大地震が
発生して大変なことになっている、と知らされた。
ルクセンブルグに到着してから、CNNやBBC放送で、
地震の規模がかつて経験したことの無いほど深刻なこと、
東京地方にも地震が発生したことを知った。

本来なら16日午前中に成田に到着する予定だったが、
ドイツのNational Flagであるルフトハンザ機は、
フランクフルトから韓国仁川(ジンセン)に立ち寄り、
そこで給油し、クルーを入れ替え、名古屋セントレア空港
に、午後到着したのである。

東京方面が原発事故によって、放射能汚染されていると
考えているようだった。
ルフトハンザは、しばらくの間、成田にクルーが上陸する
ことを避けたいようだ。

ドイツばかりでなく、フランス政府も、自国民の帰国便を
手配したと聞いた。ヨーロッパ人にとって、地震や津波の
恐怖にも増して、原発事故の恐怖が、当座の心配事のようだ。
1986年4月のチェルノブイリ原発事故の記憶がまだ生きて
いるからだ。

下の写真は、16日フランクフルト空港で買った新聞。
Atom(原子)という文字が一面に浮かび上がっている。
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Tamayam2は、14日、ドイツ・ケルンの大聖堂で
行われた特別ミサに出席した。ケルン大司教区の方々
が日本の被災者のために熱い祈りを捧げてくださった。
私もそれに答えて、感謝の言葉を申し述べた。
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ケルン大聖堂は、とても大きく、全容をカメラで捉えることは
至難のわざ。足元から見るとこんな感じ。
by tamayam2 | 2011-03-19 09:46 | たび | Comments(15)

草津温泉

風邪を引いてしばらく更新ができませんでした。
やっとセキが止まりました・・・・(トホホ)。

先週、永年の友人と草津温泉へ出かけました。
雪で歩きにくいかと、万全の備えをして行きましたが、
温泉街の道は、どこも雪かきがしてあって、
助かりました。
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町の中心にある湯畑(ゆばたけ)。湯の花を採るために
ろ過装置のようなものができていました。湯の花(沈殿物)に
薬効があるのでしょう。湯の花を収穫する畑というわけです。
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ぐるりを囲む石柵にここを訪れた有名な方々の名前が
彫ってありました。草津温泉を有名にした明治時代の
“お雇い外国人”のベルツ博士と日本人の夫人の名前も
ありました。
ベルツ博士は、ドイツの南部地方の出身。日本に27年滞在
し、医学を教えた方です。シーボルトとも親交があった
というから、同時代の方ですね。
ベルツ(Erwin von Baelz 1849-1913)
足もとには、滑り止めと装飾を兼ねて、屋根瓦がきれいに
埋め込まれていました。階段わきの瓦の壁。 ↓
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ドイツの南部には、やたらとBadという接頭語が付く
地名があり、Bad MergentheimやBad Wimphenなどなど。
そしてBaden Badenという有名な温泉地もあります。

英語の連想から、何か悪いイメージがあったのですが、
Badとは、英語のbath、つまり温泉のことなんです。
発音もバッドではなく、バードです。

ドイツの湯治は、医師の処方によって行われ、医療保険も
きくという話でした。ドイツの陰鬱な長い冬、気分が晴れず
鬱病になる人が多いようです。

知り合いのご主人も鬱病と診断され、1か月ほど医師の勧めに
従って湯治に行ってきました。
全費用が保険でカヴァーされるだけでなく、
職場でも病欠扱いになり、うらやましいなぁ~と思いましたが、
湯治中は、医師の指示に従い、食餌、運動、入浴、
散歩など・・・しっかり管理されたメニューをこなす
のだそうです。 もちろん、禁酒、禁煙!
こういう生活をすれば、たいていの病気は、治るのだそう
です。 (そりゃ、そうだ~納得☆)
温泉街で、遊興にふけるという雰囲気では全くないのですよ。

私もドイツに滞在中、あちこちで温泉に入りましたが、
水着を着て入る混浴です。Kur Hausは温泉というより、
スポーツセンターのようで、温度は日本人には
かなりぬるめでした。
by tamayam2 | 2011-01-29 09:26 | たび | Comments(16)

ドイツの窓枠と鍵のはなし ふたたび

ドイツから日本に持って帰りたいものは、じつは、
窓枠なんて言うと、人は、信じられないでしょう。

先回、窓の写真でご紹介した三種類に開閉する窓について
もう少し説明させてください。
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三種に開く窓というのは、住んだことの無い方には
想像しにくいものですが・・・
どんな安物のホテルでも、貧しいアパートでも、古びた家屋にでも、
一般仕様の設備として備わっているものです。

どのぐらい昔からあるのか知りませんが・・・・。

犬養道子さん『ラインの河辺』中公文庫(1976年)によれば、
第二次大戦中にもこういう窓は、あったということです。

初めてドイツのホテルに泊まったとき、窓を開けて、空気の
入れ替えがしたいと思い、重い取っ手を動かしていたら、
ふっとした弾みで、右の窓枠が支点となり、ガラス窓を大きく
全開することができたのです。
あらら、うれしや!

ところが、次にどうやって、閉めればよいかがわからない・・・むむむ。
ホテルの窓を壊しちゃ、日本人の恥と思い、慎重にあれこれ
操作しました。
半時間あまりの試行錯誤の末、次のような原則がわかったのです。

ノブは、時計まわり。
12時ピッタリの位置でノブを垂直に立てると、完全にしまる。
3時の時点で、ノブを水平にすると、左右いずれか窓枠を支点として
全開する。
(観音開きの右窓でしたら、右のほうへ開く。 
 あとから実感したことですが、ドイツ人が大好きな窓磨きも
 この装置のおかげで、内外、両面きれいに磨くことが可能になります。)

6時のピッタリの時点で、ノブを垂直に下げると、底辺を支点として、
窓の上部が室内側に15°ほど傾く。底辺は固定されたまま、上部枠だけが
枠から離れ、その隙間から風が通る。
(ベランダに通じるガラス製ドアも同じ原理が適応されます。
 この装置を、日本で見たことがありません。)

そういう装置がすべて、窓枠と、窓枠を支える壁枠内部に
仕組まれているのです。ある地点で、両者がぴったり呼応すると、
ガチャリと施錠されます。おそらく、窓枠師とか錠前屋などの
専門的な技術が関与しているのでしょう。プロのわざです。


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鍵の話を
しましょう。
ドイツの鍵は、
だいたいにおいて、
時計まわりに
2回まわすのです。





















しかし、ある鍵は、1回半、ある鍵は、2回まわしたあとで、半回逆まわし
などという変則的なものもあります。
そういう鍵を2、3組み合わせますので、手順を覚えるまでが大変です。

私の住んでいたわりに高級アパートでは、
道から、床がタイル張りの玄関ホールに入るのに、1本、
そのホールから、じゅうたん敷き内玄関に入るのに1本、
内部階段を上り、私の部屋のドアを開けるために3本、
都合5本の鍵を操作しないと自室に入ることができない仕組み
になっていました。(嗚呼)

はじめは、めんどうだから、自室に入る鍵の1本だけを施錠する
ことにしたら、大家からたちまち文句を言われてしまいました。

補修業者や、通いのお手伝いも入ってくるので、原則どおり3本きちんと
施錠しないと、他の人が迷惑すると言うのです。たしかに、原則を破ると、
後から来た人は、どの時点からやり直しをしなければならないのか、
手順がわからなくなります。

「12時を2回通過して逆まわり、9時で止める・・・」などとブツブツつぶやき
ながら、自室に入るため、3つの鍵穴と格闘したものです。
きゃしゃな真鍮の鍵でしたが、ドイツ暮らしの第一日目には、
「ア~ア、とんでもない国に来ちゃった!」
とため息が出ました。
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閑話休題
ヨーロッパでよく見る植物、ミルトス。(上の3枚の写真)
この植物は色々な異名があり、
ミルテ、マートル、ペルシャ語では、ステラ(Stella)、英語ではスター(Star)。
意味は、夜空に輝く星です。
聖書にも幾度も登場し、ユダヤ人にとって儀式に欠かせない
芳香の樹木だそうです。結婚式にも使われることから、一名、
祝いの木とも呼ばれます。 
日本語名は、ギンバイカ(銀梅花)
あまり見たことがありませんが、新宿御苑にあるということです。

8月22日 Wuerzburug大学植物園で撮影。

ミルトス【銀梅花 フトモモ科 Myrtus communis 地中海原産】

旧約聖書のあちこちに登場します。
 「・・・山と丘はあなたたちを迎え、
  歓声をあげて喜び歌い、
  野の木々も、手をたたく。
  茨に代わって糸杉が、
  おどろに代わって ミルトス が生える。
  これは、主の記念となり、しるしとなる・・・・」
       旧約聖書 イザヤ書55:12~13
                          
 
同じくフトモモ科に、
フェイジョア【フトモモ科 Feijoa sellowiana】があります。
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こちらは、Yamyam町内の医院の庭で 6月に撮影。
by tamayam2 | 2010-09-13 23:25 | たび | Comments(18)

戸口と窓辺について

戸口と窓辺に関して・・・ドイツの町々の点描です。


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ちょっと見にくいかもしれません。

ピンクのドア枠上部に、
17*I*H*S*08
記されており、

その下の扉上部に白いチョークで、
20*C*M*B*10
記されております。

これは、ドイツの家でよく見られる印なのですが、
上のものは、1708年(日本では元禄時代)にこの家が建てられ、
ラテン語、I*H*S  In hoc salus (この十字架の下に救いあり)
という文字が、1708年の17と08の間に挟みこまれています。

下のものは、今年の公現節に教会にお祈りをしてもらった家の印、
チョークで書かれています。
(教会に献金もしたでしょうから、領収書の意味もあるのでしょうか)

C*M*Bは、Christus Manshionem Benedicat(神、この家に住み給へ)略語。
2010年の、20と10の間にC*M*Bを挟みこみ、
一年の神のご加護を祈る言葉です。
チョークの文字は、一年間消さないでおきます。

  過去ログ:2006年2月 謎の数式?
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これは、かつては、納屋か厩の戸口であったようです。
同じような謎の数式のチョークがかすかに読めます。

ヨーロッパの住宅のドアや窓は、なかなか赴きがあり、
写真を撮る者にとっては、魅惑的な被写体です。
(数多く撮るわりには、いいものが少ないのですが)


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←この写真、
右のドアの上に
謎の数式が
認められます。








ドアの上部には、聖母マリアの像が見えますね。
300年前のご先祖は、さだめし信仰深い方だったのでしょう。
この地方(バーバリアン地方)は、カトリックが多いのです。



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肉屋さんは、
Metzgereiと
いうのですが、
しっかり牛の
マークです。



文盲が大半を
占める中世の
世界では、
絵文字が大活躍
したはずです。








こういう店に入って、自家製ソーセージを何組か(ソーセージは2本で1組)、
ハムを数枚切ってもらって、ワインのツマミにするのは最高です。

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窓辺を飾るカーテンは、特に上等なものではありませんが、
住む人のセンスがうかがえます。子供のいる家でしょうか。
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窓辺の花は、ゼラニウムやペチュニアが主流です。
ときには、ブドウやノウゼンカズラのような蔓草が、窓辺を
華やかに彩ることもあります。
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どんな人が住んでいて、どんな暮らしがあるのでしょう。
みなそれぞれに個性的で、住む人が外の人に向けて、
Willkommen (どうぞ、お入りなさい) のメッセージを
伝えています。
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カーテンのある小窓、花のある窓とノウゼンカズラが絡みついた家の窓は、
上部が内側にスライドしていますね。この日はちょっと暑かったのです。

ドイツの窓は、きっちり閉めるか、全開か、上部だけ開けて
風を通すか・・・の三種類あります。日本には無い特殊な金具が窓枠に
装着されていて、ノブの角度で3種の開け方ができるようになっています。

Tamayam2が日本でもぜひほしいものが、この窓枠です。
もの作り大国日本。ヨーロッパ式古典的窓の開閉問題を
研究して、ぜひ製品化してほしいです。

外から見られたくないが、ちょっと風を入れたい時、
この上部スライド式は非常に便利です。
by tamayam2 | 2010-09-11 05:37 | たび | Comments(17)

ドイツで見た野草とチョウ

今日は、ひさかたぶりのお湿りです。
何日ぶりでしょうか・・・・
クーラーのお世話にならずに過ごしました。

気持ちよい季節の到来まで、まだちょっとの辛抱ですね。

ドイツの写真の中に何枚か記録しておきたいものを
出してみましょう。
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キレンゲショウマ【黄蓮華升麻 ユキノシタ科 
Kirengeshoma palmate Yatabe】
学名が日本語、Yatabeは、矢田部良吉(1851-1893)のこと。
日本ではめったに見られない(レアモノの)花
ということですが、ケルンの友人宅の庭に咲いていました。
彼女が日本から持ち帰ったのかもしれません。

Blog仲間のShibataさんが、7月ごろ日光植物園で、ご覧に
なったものです。絶滅危惧種Ⅱ類。
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ツリフネソウ【釣舟草 ツリフネソウ科 
           Impatiens textori】
この親類筋に、園芸種インパチエンスがあります。
英語では、impatient (我慢ならない)という変な名ですが、
鳳仙花の種のように、触れると種がパッと弾けて飛び散る性質
が、堪え性のない、我慢ならない・・・ということになる
ようです。ちょっと気の毒な命名です。
そういえば、ホウセンカという昔風の花も最近、あまり見かけ
ませんね。
ツリフネソウは、ドイツで、道端や川べりなどでよく見る
野草です。


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Limburgの町中で
見かけた
パイプカズラ
(ウマノスズクサの一種)
が二階まで
届くような高さに
這い上がって
いる様子。


















オオバウマノスズクサ【大葉馬の鈴草 ウマノスズクサ科 
Aristolochia kaempferi Willd.】
日本では、町中でこんなに緑を茂らせているウマノスズクサの類を
見ることはありませんが・・・都市の緑化には、なかなかよい植物
だと思います。暑さ対策として。これが食草であるジャコウアゲハを
ドイツで見たことはないのですが・・・
実はキュウリの短いようなものです。
    過去ログ:2007年6月 都市の緑化とウマノスズクサ
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ドイツやイギリスの線路沿いや空き地に、うるさいほど、どこでも
繁茂していたブッドレヤ。我が家のものは、この夏、暑さと小さな
バッタにやられて枯れてしまいました。
ブッドレヤ【ゴマノハグサ科 フジウツギとも言う
 Buddleja davidii】
この木には、チョウがよく集まるが、このチョウは、アカタテハ
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Iphofenの森で見たヨツバヒヨドリに止まっていた蝶あるいは、蛾?
(西洋ではあまり蝶と蛾を区別しない)
これはナミシャクの仲間かも。
幼虫が尺取虫のような虫・・・よくわかりません。
ご存知でしたら、お教えください。
大変鮮明な色でした。羽の裏側が、オレンジ色。

ヨツバヒヨドリも蝶が好む野草です。
蝶が見たければ、蝶の好む植物を探すのが手っ取り早い
というわけです。(笑)
ヨツバヒヨドリ【四葉鵯 キク科 Eupatorium chinennsis】
by tamayam2 | 2010-09-08 23:26 | たび | Comments(8)

ドイツの町(3)ヴュルツブルグ

(ドイツの町に関するお話の最終回です。)

ヴュルツブルグ(Wuerzburg)と言えば、ロマンティック街道の
入り口として有名。日本人の観光客は、ここからローテンブルグ
を経て、さらに南のドイツらしい町々を巡ります。

今年は、特に十年に一度上演されるという、町ぐるみでキリスト教の
受難劇を演じるオーバーアマガウ(Oberammergau)へ世界中から
観光客が訪れたと聞いています。

わが友人は、最後の日に、世界遺産である司教座のレジデンスと、
小高いところにそびえるマリエンベルグ要塞(13C~18Cまで
司教の居城)に案内する予定だったようです。
まぁ、それがこの地方の観光ハイライトなのです。

友人夫婦と旅をしながらいろいろ話しているうちに、ご主人の
出身地がヴュルツブルグであること、1945年の戦災でご実家を
はじめ町中が灰燼に帰したこと。ご両親がお医者様であったこと
など・・・聞いているうちに、ふと、シーボルトのことを思い出し
たのです。

シーボルト(1796-1866)は、鎖国時代の長崎出島に留まって
商館付き医師として働きながら、日本の植物を研究したことは、
日本ではよく知られていますが、ドイツでは、一般の人に
ほとんど知られていません。
じつは、シーボルトは、ここヴュルツブルグの出身で、
ヴュルツブルグ大学で医学(眼科)で学んだのでした。

ホテルでもらった市内地図に「シーボルト博物館」というのを
認めた私は、できたら、そこに立ち寄ってみたいと提案しました。
私が、以前に訪れた2006年の時点で、私は、ここに博物館が
あることを知らなかったのです。
   過去ログ:2006年6月 ヴュルツブルグにて 

シーボルトの博物館としては、オランダ、ランデンにある
シーボルト・ハウスのほうが内容的にも充実しています。
シーボルト事件で問題になった国外持ち出し禁制品の
日本地図の実物も見ることができます。
   過去ログ:2006年10月シーボルトとアジサイ

さて、ドイツの町々で見た植物について少しメモしておきましょう。
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上の写真は、ブドウの木ですが、建物の壁面に這わせるように
仕立てられています。茎は細く、根元に15cm角ほどの水遣りの
スペースが空いているだけです。ブドウはずいぶん乾燥に強い
植物なのでしょうね。日本のように棚仕立てにしないことを
面白く眺めました。
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住宅街の中で見かけた梨の木。壁に沿って実がたわわになっています。
バートレットという種類でしょうか。皮が赤っぽくて香りがよいもの
です。上は、りんごです。
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ときには、シジュウガラの餌になっています。人間は珍しくない
果物だから盗って食べたりしないみたいです。
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こちらは、Hofgartenと言い、司教様の夏の離宮です。
8世紀ごろからここに司教座がおかれ、司教様はこの辺一帯の
領主であったのです。入り口に見える円錐形にキチンと刈り込まれた
木は、とても植物とは思えませんが、権力者は、こういうロココ風
の人工美を愛したようです。
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樹木で幾何学模様を描くのもこの時代の流行だったのでしょうか、
きちんと壁になりきっている木立。
(私は、よく躾けられた木と呼んで痛ましく眺めます。)
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ヴュルツブルグの町で見たワイン酒場の看板。
サルがワインを飲んでいる図は、ちょっと愉快。

シーボルトの話が盛り上がったところで、我々は、予定変更して
ヴュルツブルグ大学付属植物園へ。広大な園の一隅にシーボルト
が日本から持ち帰った植物が集められたコーナーがありました。

はるばる海を渡った植物の種が150年以上も継承されていると
思えば、一つ一つの植物たちに愛着を禁じえません。
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上は、私にとって初見の花、クサボタン 標識にも日本語で
Kusa-botan と記されていました。
クサボタン【キンポウゲ科センニンソウ属 
           Clematis stans Sieb & Zucc】
学名からわかるように、クレマチスの仲間。
ハンショウヅルなどとも親戚ですね。日本原産ということですのに、
あまり見かけない花です。
by tamayam2 | 2010-09-04 13:14 | たび | Comments(4)

ドイツの町(2) イップホーヘン

ドイツ人の友人夫婦は、大のワイン好き。しかも、ワインの
ためなら、ぶどう畑のある産地まで出向き、醸造元で味わって
から買うという徹底ぶりなのです。
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始めIphofenに行くと言われても、どの辺に位置するのか・・・
よくわかりませんでした。バイエルン地方の北西端、ヘッセン州
との境に、その小さな町 Iphofenがありました。
ヴルツブルグとニュルンベルグの間と言えばいいでしょうか。
地図上の赤い★。ケルン(緑の★)から300kmほどの地点です。
人口3,000人、ほとんどがワイン製造関係者という豊かでかわいい
町でした。町を昔の城壁がぐるりと囲み、一周しても一時間たらず
です。
上の写真:屋根の向こうに見える緑の斜面がぶどう畑。
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ドイツワインの産地は、川の流域ごとに大きく分類されます。
有名なモーゼル川、ライン川、我々が訪問したのは、
地図上では、中央のマイン川が東西にうねうねと続く辺り、
フランケン・ワインの産地です。瓶の形も細長ではなくて
偏平な丸い瓶なのです。ドイツでは、これ以上北には、ブドウは
生育できません。赤丸で囲まれた部分がドイツのワインの主な生育地
です。白だけでなく、赤もあり、いろいろ味わって
みましたが、とても香り豊かなワインでした。
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ぐるりと城壁に囲まれた町の四隅には、当然のことながら、
外敵を防ぐ城門があります。このRoedelseer Tor(門)は、
1455年に建築が始まったと書かれていました。
材木を組み立て、漆喰で塗り固める工法です。
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城壁の外側には、この町の歴史を示す看板がありました。
記録にある一番古い年号は、741年(8世紀)・・・
  ♪鳴くよウグイス平安京♪ 794年の50年ばかり前!
文字まで古いドイツ文字なので、読むのはた~いへん。

我々は、この町の大きな醸造所の経営するホテルに泊まりました。
ウェイトレスの女性はバイエルン地方の民族衣装を着てお給仕して
くれました。あいさつもGuten Tag! ではなくて、
Gruess Gott(グリュース・ゴット)とバイエルン方言でした。
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城の掘割に突き出した構造物・・・これは、昔の水洗式トイレ!?!
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教会の裏手にあった建物。窓が、三つの眼に見える・・・?
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翌日、我々は、町の裏手のブドウ畑の急斜面を登り、その奥の
森までハイキングしました。紫のブドウも緑のブドウもよく
実り、収穫の秋はもうすぐという感じでした。
この地方の中心地、ミュンヘンでは、オクトーバー・フェストといい
大きなワイン祭りじゃなくて、ビール祭りが開かれます。
(pfaerzerweinさん、ご指摘ありがとうございました)
じつは、10月というより、9月から始まっています。
ワインの産地ではワインフェストも・・・

ビール、ワイン好きの方は、ぜひ9月にお出かけください。
by tamayam2 | 2010-09-02 01:36 | たび | Comments(8)

ドイツの町(1)リンブルグ an der Lahn

2004年から2007年まで、私はドイツで仕事をして
いたのですが、そこで、個人的な友人を得るなどとは
思ってもみませんでした。仕事が忙しかったし、週末は
自分の趣味である植物関係の施設めぐりをしたりで、
一人で過ごすことが多かったのです。
それが、どういうはずみか、植物に非常に造詣深い同年輩の
女性と親しくなり、お付き合いが帰国後も続いています。
まことに、不思議なご縁です。
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今回も、彼女のお誘いを受け彼女のお宅に泊めていただき、
到着した翌日、ご希望に応えて寿司Partyを催しました。
共通のドイツ人の友人4人をお呼びして、8人分です。
米、ちらし寿司の具、寿司酢などは日本から持参しました。
現地にあるものも加えてけっこう盛りだくさんな具の
ちらし寿司ができ、皆さんに満足していただけたようです。
寿司と言えば、太巻きや江戸前寿司のような形しかイメージ
のないドイツ人に、これは、「家庭でのお集まりスタイル」
と説明しました。Gemuse Salat(やさいサラダ)とどう違うの?
と言われると説明に窮しますが・・・。
特にスポンジのようなテクスチュアの高野豆腐が好評でした。
それと、ご希望のあった、田楽。コンニャクとナスを串に刺し、
既製品の練り味噌を塗って、お出ししました。カロリー・ゼロの
コンニャクもテクスチュアを面白がってくれました。

Partyの翌日、友人ご夫妻運転の車で、ケルンから南東の
ヴュルツブルグ(Wuerzburg)方面へ小旅行に出かけました。
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ここでご紹介するのは、フランクフルトの北西、リンブルグ(Limburg)
という歴史的な町に立ち寄ったときのものです。
リンブルグはあちこちに同名の町があり、ここは、正確には、
Limburg an der Lahn. ライン川の支流であるラーン川の辺にある
リンブルグと言います。


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駐車場に車を
停めて、
だらだらと
小高い丘に
登って行きますと、
立派な聖堂が
あります。
13世紀末に
建築が始まった
というカトリック
教会です。

前を行く二人が
友人夫妻です。


下は、教会内部

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旧市街の木組みの家々もよく保存されており、中世の息吹の
感じられる宝石のような町でした。
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この日の泊まりは、別の町で、夜はフルコースのディーナーなので、
昼は軽くしたいということで、アイス・カフェーに入りました。
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ドイツのアイスクリームは、本当においしいのですが、
ヴォリュームもすごいのです。
アイスクリームの玉が3つぐらいの上にナッツ、フルーツが
たっぷりかかっていて、その上にホィッピング・クリームが
高々とそびえているような豪華版アイスクリームを昼食代わりに
いただきました。
日本人ですと、ちょっと軽くザルソバという感じでしょうか。

こういう食事の感覚は、ドイツ人と旅行して初めてわかるもの
で、我々はちょっと、む、む、むとなりましたが、暑かったこと
もあり、豪華版アイスクリームをペロリと平らげてしまいました。
とてもおいしかったです!
by tamayam2 | 2010-08-28 23:58 | たび | Comments(18)

ショクダイオオコンニャク

小石川の植物園で、ショクダイオオコンニャクが
16年ぶりに開花しそうだ、というニュースを知った
のは先週末・・・。

見てみたいと思って、18日と20日に出かけた。
まだ、開花していなかったけれども、巨大なコンニャクの
威容に触れて愉しかった。

23日、暦の上で最も暑い大暑の日に、やっと開花。
マスコミで報じられるや、普段なら森閑としている植物園に
たくさんの人が押しかけて、長い列ができたということだ。

ショクダイオオコンニャク【燭台大蒟蒻 サトイモ科
            Amorphophallus titanium】
 別名 スマトラオオコンニャク
 インドネシア、スマトラ島の絶滅危惧種。

この個体が種から栽培されて、地中に大きなイモを作り、
開花にこぎつけるまでに何年もかかるとは!
   ~~ 気が遠くなる話 ~~
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20日撮影。東京大学の邑田 仁教授(植物園園長)は、
長年サトイモ科植物を研究なさっておられのだろう、私が行ったとき、
一般の人の質問にもていねいに答えておられた。

Tamayam2は、2008年4月にドイツ、ボンの植物園で、
同じような巨大コンニャクが開花直後、中央の
筒がぐにゃりと折れ、葉が閉じかけた場面を見た。
  過去ログ:ドイツでコンニャクの仲間に出あった

この植物、開花状態は、たった2日しか持たないという。
咲くまでに十数年、咲いてから2日・・・生命の営みは
何と不思議に満ちていることだろう。
   
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23日家族が撮影 ↑
下の にご注目。 四角に切り取った穴から、軸の根元に
あるメシベ、オシベを取り出し、次の種を作るため保存する。

家族が炎天下、実物の前に行き着くまで3時間も行列に並んでくれた・・・
熱中症のならずにすんでよかった!
救急車や警察も出て、ものものしい様子だったという。

24日は、早朝7時から入場券を売り出し、1万人で発売を
打ち切るという。 えらいこっちゃ!
by tamayam2 | 2010-07-24 09:42 | 日々のできごと | Comments(12)