カテゴリ:たび( 318 )

【809】杖で歩いたヨーロッパ

先月7月31日~8月11日まで、ドイツに行ってきた。
第34回ヨーロッパキリスト者の集い に出席するのが主な目的だが、
旧友に会うことも、もちろん大事なこと。会場は、今回は、ドイツ
中部にあるLeipzig(ライプチヒ)。申し込みは、いつもその年の2月ごろで
飛行機は、FacebookのCMで見たFinnairにした。
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今回の訪問地は、ドイツ北部が多いので、成田→ヘルシンキ→ベルリンが 
広告で宣伝している「ヨーロッパへ最短距離」という惹句と合っているなと
思い、切符を購入。お値段は比較的安かった。しかし、搭乗日が近づくに従って、
航空会社とのコミュニケーションでわかったことは、基本料金は安いが、
いろいろなオプションが加わると特に安くはないことがわかってきた。
例えば座席、食事などいろいろな事前の選択ができる。私は、7月はじめ
から、少々足が不自由な人になってしまったので、ゆったりとした座席に
変えた。空港でも歩き回るのが辛いので、車椅子をお願いし、機内食も
特別に注文した。そのような個別のサービスを加えると、それに対して
お金がかるシステムになっている。
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必要な人に手厚いサービス、一般の健常者には、過剰なサービスはなし、
という方針が貫かれている。機内でWi-Fiを使いたい人は有料でどうぞ!と
いった具合。北欧の合理的な考え方をちょっと体験してみたいと思った。
結論から言うと、私は車椅子サービスは大変ありがたかった。
(これは、無料だった。)
客室内のアナウンスはフィンランド語と英語。離着陸のときと免税品
販売のときに、日本語のアナウンスがあったが乗務員は見かけなかった。

旅行は、ベルリン3泊から始まった。ケルンの教会の友人Aさんが、お嬢さん宅
に一足先に来られていたので、私は彼女と街歩きを楽しむことができた。
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我々のテーマは、宗教改革500年の記念年
まず、ベルリンから1時間ほど南下したところにあるヴィッテンベルグ(マルティン・ルターの本拠地)に出かけた。
地図の下の写真が、ルターハウス

1.ヴィッテンベルグ Wittennberg
宗教改革は、1517年ドイツ人のマルティン・ルターによって口火が切られた。
そのことによって、ローマ教皇をトップに仰ぐカトリックからプロテスタントが
分離した。ルターは、元々はカトリックの司祭だったが、免罪符を売って人の罪を
帳消しにするというカトリックのやり方に反発し、そのことの是非を世間に問い
かけたのが1517年10月31日と言われている。
「95か条の提題」と言われる抗議文を、ヴィッテンベルグの城教会の門に
打ち付けたのだった。どんな門なのかと思っていたが、下の写真のような門だった。
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当時は木製だったが、今は銅製。ラテン語で書かれている。
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その城教会の尖塔にベルトのように巻かれた文字が見える。
Ein feste Burg ist unser Gott この訳は、「神は我がやぐら」讃美歌267番
の歌詞になっている。Aさんと私は、心の中にこの讃美歌のメロディーを響かせ
ながら、歩いたり、歩いたりこの日、2万歩近くを記録。

その少し前に、カトリックに反旗を翻したチェコ人のヤン・フスは、コンスタンス宗教
会議で火あぶりの刑に処せられたのだから、命懸けの反旗だったと思われる。
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「最後の晩餐」の絵と言えば、レオナルドダヴィンチの絵が有名だが、16Cのドイツ
の画家、クラナハ父子のこの絵も有名だ。
町の中心にある聖マリエン市教会で12時から20分程度の礼拝があるというので出席。
中央にクラナハ(息子)の祭壇画が据えてあった。
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こちらは、絵葉書に貼り付けてあった記念切手。

この絵の中には12使徒ではなく、ルターや宗教改革の関係者が円卓を囲んでいる。
我々が見知っているルターの顔の絵はほとんど、クラナハ親子の手による。
小さな町の中心にヴィッテンベルグ大学があり、ルターやクラナハ、神学者メランヒトンが住んでいた。こういう役者がそろったところで、宗教改革の構想が熟成されて
いったのだろう。町全体が世界遺産。

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by tamayam2 | 2017-08-23 20:52 | たび | Comments(6)

【807】大和路の小径を歩く

私は小学校に上がる前に奈良県に住んでいたことがある。子供の記憶だから、
すべてぼんやりとしたものだが、陽がカンカン照っており、土塀がずっと続く道
を歩いていた。土塀は、ところどころ崩れていて、中の竹の芯が見えている。
土塀の上には瓦が載っていて、その長い道は、どこまでも続いているのだった。
唐招提寺の境内で、当時の記憶とよく似た土塀沿いの小径を歩いていたら、
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ひらひらとアゲハチョウが飛んできて、夢か現実か一瞬わからなくなって、
呆としてしまった。
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唐招提寺から薬師寺まで歩いて行けそうだ、と同行のおジイさんが言うので、
歩いてみた。田舎道をぶらぶら歩いていると、私の記憶にある土塀の小径が
ずっと続いているのだった。
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路傍の野草は、ヒメシャジンだろうか。
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民家の垣根からケムリの木が見えていた。
まぁ!こんなところでケムリの木に会えるなんて!
ケムリの木(ウルシ科)Cotinnus coggygria ハグマ(白熊)ノキともいう。

ぼんやりした思い出とひと気のない細い田舎道・・・夢の中にいるようだった。
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6月の10日間、娘一家と生活を共にした。子供たちは、10歳と8歳、米国ロスアン
ジェルスの公立小学校の低学年。彼らは、タブレットをもってきており、電車の中
でもウチでもよく使っていた。学校では授業でも使っているらしく、そのタブレットは
学校においてある。自分用のタブレットではゲームをしたり、写真を撮ってちょっと
リメイクしたり、なかなか達者に使いこなしているのだった。お絵描きしているときと、
タブレットを使っているときは、ともかく静かに集中しているので、ありがたかった。
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このカードは、10歳のローラが書いたもの。日本語はまったく知らないのに、
インターネットの翻訳機能を利用して、翻訳された文を丁寧に書写したもの。
真似は、学びに通じるのであるから、すばらしいことと思う。教師があれこれ
教えるより、子供が自分のしたいことをみつけて、目的に達するまでの道の里を
手助けしてやればいいのだな~と納得!

子供たちが去って、片づけものをしたりしている内に7月に突入!
ちょっと膝の具合が悪くて、歩行がうまくできないので、ウチにいて鳥取産の
ラッキョウを漬けてみた。昨年は、酸っぱいという評価をもらったので、今年は
氷砂糖を入れて甘くしてみる。
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春からずっと気に入って食べているのがスナップ・ピー。米国から来た品種らしい。
サヤごと食べられてうれしい。アメリカでは、生で食べるそうだ。

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by tamayam2 | 2017-07-01 08:47 | たび | Comments(8)

【806】娘一家との小旅行 奈良へ

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米国に住む娘一家が東京のわが家に6月12日から23日まで滞在していた。
久しぶりに会う孫は、8歳と10歳。LAの公立小学校のたしか2年生と3年生か。
彼らが日本で一番したいことは、奈良で生きているシカと会うこと。
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我々も同行することにしたが、なにしろ、我々は、80代と70代。
我々のペースに合う部分だけ部分参加することにした。
さぁて、奈良に着くやいなや、奈良公園に直行。
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シカは結構大型の動物なのに、そこら辺に堂々と歩いている。子供たちも、
もちろん私どもも、すっかりこの動物が好きになってしまった!
静かに歩んでいて、攻撃的ではないし、体が美しい。触っても恐れない。
臭くない。大仏殿の前の歩道は人がいっぱいだったが、シカは悠々と歩んで
いる。子供たちは、目的がかなえられて大満足していた。
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翌日、娘一家は、親戚の者と会うため、春日神社へ。

我々は、別行動して、バスに乗って唐招提を訪ねた。

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薬師寺を訪ねたかった理由の一つは、ウチに昔からあった古い写真の一つ、
ヘレンケラーが(たぶん第2回目の訪問の1948年)鑑真和上のお目を
撫でている写真があったから。鑑真和上の像の永遠に閉ざされたお眼を
指で触っている彼女自身も盲目。盲目の人が鑑真和上のお姿を確認するために
触覚に頼っている。非常に不思議な、感動的な写真だ。この像は今は、
一般に公開されていないが、「身代わり像」としてレプリカを見ることができる。
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(国宝。唐招提寺はユネスコの世界遺産の一つ。)

芭蕉が鑑真和上坐像を拝したときに詠んだ「若葉して御目の雫拭はば」を
はからずも思い出した。
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上は、鑑真和上の墓所へ行く道。苔生して、きらきらと輝いていた。
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ちょうど見ごろだった蓮の花も見ることができた。
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静かな石畳の道。
どこかで美しい景色に出逢ったら「あ~、いいなぁ!今度来るときにはあの人と
歩きたいとか、〇〇にも足を伸ばしたい」などと昔は思ったもの。
今は「今度? それはないだろう~」と思う。
だから、老人の旅は寡黙になるが、別に深刻ではない。時の流れを回顧したり
行く末を想像したりしてけっこう愉しんでいるのだから。寡黙な人と旅をするのも
そう悪くないと思った。
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by tamayam2 | 2017-06-24 16:22 | たび | Comments(6)

【793】神戸散策

12月の第1週に、たまたま神戸に立ち寄った。
2日の晩、食事をしていたら、そこに居合わせた方が、「今夜はルミナリエが
あって特別に賑わっている」と、言っていた。ホテルに戻ってから、
8時すぎに元町の大丸のほうへ行き、行列に加わってみた。
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1995年1月17日に起こった関西・淡路大震災で犠牲になった方々の
鎮魂のためにこの光の点灯が始まったと聞いた。
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あれから、21年、神戸の街は見事に復興して、外国人を含めたくさんの観光客で
にぎわっていた。当時、元町付近は、火の海になって、TVの画面に見るも恐ろしい
光景が映し出されているのだった。そして、その年の3月、オウム真理教の地下鉄
サリン事件が起こった。まったく、世の中が神からも仏からも見放されたような
悲惨な冬だった・・・

神戸には、City Loopというコミュニティ・バスが町中を走っており、
われわれ(老人2名)はそれを利用して、神戸港に面したメリケン波止場から、
南京町(中華街)を散策した。乗り降り自由のこのバスは、停留所で待って
おれば15分おきにやってくるので、とても便利だった。
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一日券が630円。タクシーを利用しなくて、町中の主要な場所は見て回れる
のだった。過去の思い出をたどって、気ままに町を見たい老人は、特にルート
などが決まっているわけではないから・・・(笑)

ガイジンさんもけっこう多かった。そのことに配慮して、車掌さんも各国語に対応
していた。聞かれることはだいたい決まっているので、中国語、韓国語、英語
で対応できれば、たいていのことは間に合う。さ~すが国際都市!と感心した。
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新幹線の駅に近い布引ハーブ園では、ケーブルカーで山頂まで登った。紅葉が
まぶしい山肌を見ながら、遠くに光る海や高層ビル群を見下ろして、爽快な気分
を味わった。

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by tamayam2 | 2016-12-14 08:00 | たび | Comments(4)

【786】黒い森の古城にて

ドイツに3年間仕事のために滞在していたが、黒い森地方は、
ほとんど出かけたことがなかったので、いろいろ楽しい発見があった。
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さて、私が宿泊していた場所から30分ほど歩いた所に小さい
集落があり、古城址があるというので、案内の人に従って出かけた。
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遺跡の高い所に、1630年の年号が刻まれていたから、日本で言えば、
寛永7年、将軍家光のころ。この辺りも30年戦争に明け暮れていたのだろう。
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城壁にしがみついた樹木が、今にこの遺跡全体を覆ってしまわないか、と
すこし心配になった。その集落の泉には、1620年と刻まれていた。
築城より10年ほど昔になる。
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その近くの民家に、変わった墓碑のようなものがあったので、
住民の方に聞いてみたが、私の覚束ないドイツ語では、くわしいことはよく
分らなかった。手作りらしい横長のボードによれば、この家に、織物をする
おばあさんが住んでいて、この家で1417 年に亡くなったと書いてある。
なんだか童話のようなお話!
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スイスで、高い山から下って、人口7000人の小さな町Appennzellに
立ち寄ったときのこと、ガイドさんがこの州は、青空広場で挙手による住民の
直接選挙で、大事なことを決定する、と話してくれた。へ~、今どき! 
町と言っても、30分も歩けば、町の端から端まで見て回れるほどの広さ(狭さ?)。
有権者は町の中心の広場に集まって、一つ一つの議案が読み上げられる度に、
賛成なら挙手をする。至極、原始的でシンプルな方法だ。
しかも、住民は正式な民族衣装を着用、男はサーベルを腰に差して、選挙に臨むそうだ。
すてきな伝統だなぁ~ 
スイスには、こういう原始的な選挙をする州がここを含め2州あるそうだ。
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メインストリートには、この州のシンボルである黒クマの旗がひるがえっていた。
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その下をぶらぶら歩いていたら、かわいい女の子がシャボン玉遊びをしていた。
どこでも、子供の表情はかわいい!

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by tamayam2 | 2016-09-11 07:31 | たび | Comments(4)

【785】ヨーロッパで見たチョウ5種

今回の旅(7月23日~8月9日)では、5種類の野生のチョウを見た。
ヨーロッパでは、チョウはあまり期待できないが、それでも
元気なチョウたちが見られてうれしかった。鉄道の脇、空き地、
川のほとり、どこにでもあるブッドレヤーの樹がチョウの
憩いの場所。
ブッドレヤー【Buddleja davidii ゴマノハグサ科】和名は、
フサフジウツギ。この樹をよく観察すれば、たいていチョウ
が見つかる。
 (余談ですが、ブッドレヤーの学名の種小名davidiiを見ると、あのハンカチの木
 見つけたイエズス会の神父さまがこの樹に命名したのですね!)

①クジャクチョウ 
 威嚇のためのギョロ目が目立つが、静かに花の上で回転してくれる。
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②ヨーロッパ赤タテハ
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③モンシロチョウ これは、ミントやアザミの周りにとこにでもいた。
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ヤマキチョウ(?)
 日本では、絶滅危惧Ⅱ種ということだが・・・わりに簡単にみつかった。
 場所は、ドイツ南部の標高の高い森林地帯
「追記」通りすがりのお方によれば、このチョウはスジボソヤマキチョウの可能性もあるそうだ。
   それなら、なお日本では希少種。

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⑤マキバジャノメ【Maniola jurtina】英語: Meadow Brown
 タテハチョウ科 わりに小柄だが、シジミチョウより大きい。
 日本では見たことがないが、旧北区では、わりによく見るチョウらしい。
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by tamayam2 | 2016-09-03 10:14 | たび | Comments(4)

【784】ヨーロッパ 路傍の花や虫

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自分の住んでいる土地から離れて違う土地に行ったとき、
私はそこに生えている樹や草、その草に寄ってくる虫に
大いに関心がある。同行した人が、あなた、せっかく有名なところ
に来たのに、そういう写真は撮らずに、地面にしゃがみこんで
つまらない虫なんか撮って・・・と言われてしまう。
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名所の写真は、絵ハガキを買えばいいが、草や虫は、その時でなくては
撮れないので・・・私には、貴重なのだ。
ドイツの花壇でよく見かけた花々。そこに寄ってくる大きなハチに
興味をもった。さわっても、逃げないし、刺さない。
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ドイツでは、パン屋の菓子パンにハチがたくさんたかっていることが
あるが、人々は気にしないのです。ハチが食べるアイシングぐらい
くれてやろう、という大らかさだ。ハエや蚊がほとんどいないという
理由もあるだろうが・・・。
世界的にPollinator(花の受粉を助ける虫)が足りないという問題
があって、果実や野菜の栽培者は、ハチをレンタルで借りているとか。
虫の働きは重要なのです。
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シュツットガルトから奥地に行こうと思って、バス停で待っていると、
そのそばの草むらに白いレースのような花が咲いていた。そこに、赤黒の
シマシマの虫!日本で見たことがない虫! 私は、ひとり心の中で興奮していた。
(後日談)この虫は、わがBlog友のSmallcreatureさんが、いろいろなソースから
    調べてくださった!(ありがたいこと!)結果的に、甲虫目、カッコウムシ科
    だと調べがついた。そのアプローチは、まことにユニーク。昆虫切手から
    調べていった。その結果、この虫が記念切手に載るようなヨーロッパでは
    わりによく見る虫だということがわかった。ありがたいこと。感謝いたします。

    
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その辺りにはオニナベナの花も咲いていた。(マツムシソウ科)
この花が枯れると、紡錘形のトゲトゲのものができる。それはセーターの毛玉を
取るのに便利。日本では、昔ラシャという布を、なめらかにするのに使ったので
別名、羅紗掻草(らしゃかきそう)とも言うそうだ。
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スイスでは、Mt. Saentiesという標高2014mの高山にケーブルカーで登った。
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その頂上あたりにも高山植物が健気に咲いていた。強風で風に吹き飛ばされない
ように注意しながら、撮影をしたが、花も風に吹かれているので、撮影が難しかった。
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ガイドさんの説明によれば、太古の昔、アフリカ大陸がヨーロッパ大陸に、バーンと
ぶつかったのだそうだ。ちょうど、スイスの中央辺りの地形がその衝撃で
グーンと盛り上がってこんな高山がたくさん生まれたということだ。
(なんだか信じられないような話だが、私の聞き間違いでなければ、それが
 正しいのだろう。}

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by tamayam2 | 2016-08-26 16:00 | たび | Comments(14)

【783】ボーデン湖を渡ってスイスへ

私のこの夏の旅は7月23日ケルンからスタートしたのですが、
そこから、ドイツ南部で行われたある集会に出て、その後、
ボーデン湖へ移動、そこを船で渡り、対岸のスイスの町に
着きました。国境を越えるのに、遊覧船で、というのは
なかなか面白い手でした。パスポートのチェックも無し・・・
へぇ~、こんなんでいいの?と思うくらいあっけなく国境を
越えました。スイスは、EUに参加しておりませんから、通貨
も違うのに・・・
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ボーデン湖は、ドイツ最大の湖です。その岸は、ドイツ、スイス、
リヒテンシュタイン、オーストリアが接しているはずです。
ドイツ側のリンダウという町で、乗船まで小一時間ほど散歩する
時間がありました。ぐるりと回っても30分もかからない小さな町です。
バイエルン州に属し、古い建物の壁面に描かれたフラスコ画が美しい
町でした。
見事なファサードの建物は、旧市庁舎。
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少し横道にそれますと、また、味わいの深い小路が。ある家の壁面には、
ボーデン湖を形づくったオブジェが!
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私は、こういう小路をぶらぶらするのが好きです。
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対岸の町は、Rorchachというスイスの町。
ロールシャッハと言えば、私はすぐ、若い頃に習ったロールシャッハテスト
という言葉を思い出し、周囲の方に話しかけてみましたが、だれも知らず~
こういうことが最近よくあります。
つまり、私の知識が古すぎるのでしょうね。周りにいた人は、若い人ばかり
ではなかったのですが、自分の持っている常識がだんだん通じなくなった
と気づきました。日本語も、「何それ??聞いたことがない」と言われることが
多くなりました。同じ日本人同士で通じ合えないとは、残念なことです。
(上の写真は、ロールシャッハテストの例です。Hermann Rorchach博士は
 このテストを世に紹介したスイス人の心理学者ですが、直接この地名とは
 関係がないようでした。)

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リンダウの町で、友人がコーヒーを飲みたいと言ってカフェに
座っていたら、スズメたちが列を作ってクロワッサンのおこぼれに
あずかろうと待ち構えておりました。ドイツのスズメはあくまで規律正しい!

のんびりリンダウの町を散策しながら、撮影をしていたのですが、
乗船してから、船の人が対岸のスイスは、8月1日は建国記念日で、すべての
店は閉店とおっしゃるのです。(それなら、リンダウで、サンドイッチぐらい
買っておけばよかった!と気づきましたが、後のまつり!)
建国は、1291年ですから、今から725年前のことです。
EUには属さず、通貨はスイスフラン。永世中立国として孤高の地位を
誇っています。
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ロールシャッハから、サンクト・ガレンへ移動。町中に、国旗が
翻っており、まるで私たちを歓迎するかのようで(もちろんそれは
美しい誤解ですが)・・・。人影が少ない町をウキウキしながら歩きました。
やっと数軒開いていたCaféに飛び込んで、昼食にありつけました。
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そこから、標高2504mのMt. Saentiesへ向かいました。
その山はだにもスイスの国旗が!この国旗は、建国記念日に合わせて
掲げたられたもので、巨大なものです。横幅80㎝の国旗を何百枚も縫い合わ
せて、それをロッククライミングの若者たちが、岩肌に張り付けたものです。
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翌朝、国旗を撤収作業中の姿を、ロープウェイの中から撮影しましたが、どれほど
巨大な国旗なのか、また、それを掲げるために捧げられた途方もなく大きな愛国心を
身近に感じることができ、心を熱くしました。
(左下に豆粒ほどの人の姿が確認できると思います。大事な国旗ですから、
 巻き上げて、一本の柱のようにして下に下ろす作業をしているのです。)

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by tamayam2 | 2016-08-24 11:06 | たび | Comments(10)

【782】ケルン再訪

今年の夏は、例年出席していた学会はそろそろ引退して、
教会関係の集会に出席することにした。会場は、ドイツ南部の
黒い森地帯。集会が始まる前に、4,5日間、ケルンに滞在した。
よく通った町の中心、Neumarktの市電の駅
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2004年から2007年まで住んでいたこの町は、さして変化なく、
どの景色も懐かしい。親しい友人宅にお邪魔して、彼女の日常生活を
ご一緒させていただいた。
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ケルンは、意外に暑く、28,9度。ビルの屋上のソフトクリームも健在だった。

まず一番先にしたことは、花屋に行って花を買い、親友のGさんの墓に
詣でたこと。ご自宅の近くのこじんまりとして市営墓地。
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友人の説明によると、市営墓地は、25年間 €400(日本円で約5万円)で
借りるのだそうだ。ふ~む、25年間か!? 遺族が墓参りするのに十分な時間
かもしれない。それ以上は、ちょっと責任が持てないかも・・・。
それ以上、その場所を借りたければ、あと25年分延期すればよいそうだ。
ケルン市民の大多数は、この方式によって埋葬される。
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友人がDom(ケルン大聖堂)の夜間コンサートに行くというので、
ご一緒した。夜9時から一時間あまり。会場についたら、すでに
Domの中は人でいっぱいだった。全体で、4、500人もいただろうか。
素晴らしい演奏だった! この大聖堂自体が一つの楽器のようになって、
オルガンの響きが堂内に響きわたっていた。
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堂内には、すばらしいステンドグラス、柱という柱には、諸聖人の像が
刻まれているのだけれども、これは、聖クリストファーのもの。
旅行の守護神と言われている。
今度のヨーロッパ行きでは、多くの人に、テロや事件に巻き込まれないように、
と注意を受けた。注意していてもどうにもなるものではないが、結果的に
何ごともなかったので、本当にやれやれと思っている。
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昔よく歩いたところ、そんな場所をぶらぶらと歩けて大変満足した。
昔、住んでいたアパート。オレンジ色のビルの3階に住んでいた。
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よく行ったケルンの植物園、Flora. どこに何が植えられているか
熟知しているので、歩いていて楽しかった。

今度の飛行機は、ルフトハンザ機で、鉄道の切符も込みになっている便。
羽田→フランクフルト、そこからICE(特急)でケルン中央駅まで。
そのルートは、よく利用したことがあるので、私にはなじみがある。
大好きなドイツ鉄道にも乗れてうれしかった。
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ケルン駅と大聖堂の裏手に、ライン川が流れていて、その鉄橋の金網に
たくさんの錠前が掛けてあるのに、以前から気づいていた。
帰国するとき、時間が十分あったので、そのおびただしい錠前を見に行った。
若者たちが恋人と永遠の愛を誓いあって、そこに錠前をかけておくの
だという。そういう習慣は、世界のいろいろな場所で見られるようだが、
金網の塀が重そうで、なんだか痛ましく感じた。

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by tamayam2 | 2016-08-19 09:31 | たび | Comments(10)

【775】ロサンゼルスで気に入った植物たち

娘一家は、2014年まで東海岸のワシントンDCに住んでいた。
それが、2014年年末から西海岸のロサンゼルスに住むことになった。
急に温帯から、亜熱帯という環境である。私は、引っ越ししてすぐの
2月に訪問したのだが、植物群に圧倒されてしまった。

若いころ、フィリッピンに住んでいたり、20年前にニュージーランドに
住んでいたことがあるが、そのころ見た懐かしい植物が見られる!!
若いころは、仕事に忙しかったので、今のように植物を調べたりはせず。
「あらっ、いいわね~」 と、看過していた。
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①5月の訪問で、とても驚いたのは、タイザンボク(泰山木 モクレン科)が
北アメリカ南部の原産ということらしく、街路樹になっていること。
白い大振りの花が目の高さで、ふんだんに見られた。大きな花びらには、
ハチが吸蜜に訪れる。日本だと、公園の真ん中に1本か2本、花が咲いていたと
しても梢の高いところを見上げれば、見られるといった具合で、
あまりしげしげと花を見たことがないのだった。香気高い花を見ていると、
気持までゆったりとしてくる。
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②これは、娘の家の庭やご近所の前庭でよく見た多肉植物。
大きさは、キャベツぐらいで、始め見たときは、アルマジロみたいだと
思った。
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調べてみると、日本では、唐印、英名“desert rose”というそうだ。
アメリカでは、“flapjack cuctus”と俗に言われているそうだが、学名は、
Calanchoe lucuae ~なぁんだ、カランコエの仲間なのね~

③娘の家の近くにUCLAの植物園があって、あまり期待もせずに行ったのだが、
そこで、やはり亜熱帯の面白い樹木をたくさん見ることができた。
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一つは、フトモモ科のフトモモ(蒲桃 Syzygium jambos)がきれいな花を
たくさんつけていた。
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また、家の裏通りには、同じくフトモモ科ピタンガ(Eugenia uniflora-pitanga)が
垣根になっているお宅があって、そこにも「まつ毛の長いお嬢さん」のような、
白い花が咲いていた。
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私が愛してやまないギンバイカ(Myrtus  communis)も、あちこちで見ることができ、
目立たない花ながら、とても幸せな気分になった。日本語は、銀梅花だが、
ドイツ語では、Myrte ミルテ、シューマンの“ミルテの花”という歌曲もある。
マートルという呼び方で呼ぶ国もある。結婚式で、花嫁が持つブーケは、この花。

④ 【703】で私が虜になったハチドリの他にも、珍しい野鳥をみることができて
幸せだった。ただし、名前は、まだ調べ中。
PS. Namiheiii先生が教えてくださいました!
  Song Sparrow ウタスズメ スズメ目ホオジロ科 Melospiza melodia
   学名にmelodiaとついているので、とても音楽的なスズメ
  野原を歩いていたとき、ピーと美しい声で一鳴きしたかと思うとすぐ前の低木に
  止まりました。慌ててカメラを構えたのです。 お教えいただきありがとうございました。


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⑤夕食後、子供たちと近所の道を散歩していたら、あるお宅の前庭で、お父さんと
子供がなにやら楽しそうに話している。“Hello!”と声をかけたら、ヤモリ
捕まえたから見せてあげる、と言って見せてくれた。かわいいヤモリを
皆で触らせてもらった。虫や爬虫類は、怖い、汚い、触ってはだめ!と
言わないで、みんな友達!といったおおらかな風土をうらやましく思った。
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私が若い時に住んでいたフィリッピンの家には、どこの家でもヤモリが
いて、夜になると、寝室の天井に張り付いていて「キュッキュッ」と
かわいい声で鳴くのだった。日本から来たお客さんは、青い顔をして、
騒ぐのだけれども、どこの家にもいるから、駆除するわけにもいかないのだ。
フィリッピンに来たら、ただ、慣れてもらうしかない。ヒトには、無害だし、
クモか、ハエがいると思っていただくしかないのだった。

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by tamayam2 | 2016-06-16 16:22 | たび | Comments(2)