【701】コンスタンツというところ(1)

今年8月末、スロベニアに行った後、少し旅行をしたいと思い、長年利用したい
と思っていたユーレイルパスを手に入れた。一定期間、一定範囲なら、どこでも
鉄道が無料になるというパスだ。オーストリアのウィーンを起点に4か国を
周った。まず、チェコ・プラハまで5時間ほどかけて行った。
プラハに2泊。そこから、ドイツ・ミュンヘンまで、やはり5時間ほど。
ミュンヘンに1泊して、そこからドイツの最南端、コンスタンツまで、
3回乗り換えて出かけた。
コンスタンツを目的地にしたのは、15Cにここで、コンスタンツ公会議が
行われた歴史的場所であるから。
(世界史で習った記憶のある方もおいででしょう。)
それと、私の趣味である生きた蝶々を見ることができる蝶園がコンスタンツの
郊外、マイナウ島にあるから。
c0128628_182534.jpg

ヨーロッパを横断するような広範囲の鉄道旅を計画したのは、やはり、私の生来の
吝嗇(りんしょく)に起因しており、ユーレイルパスを使ってできるだけ長い距離を
移動したいと考えたからだ。 (なんというセコイ考え!?)

街中を徒歩で周っていたら、疲れてしまい、大聖堂の前のベンチに腰を下ろし
市街地図などを見ていた。そうしたら、4,5歳くらいの女の子がちょこちょこ
広場に出てきて、シャボン玉遊びを始めた。そこいら中にシャボン玉が飛び交う・・・
大きいのやら、小さいのやら。辺りは、すっかり人々の微笑に包まれた。

この大聖堂は、時計台に記された年号によれば、1491年の建立。公会議のあった
1414~18年の翌年になる。1415年にこの地で、ヤン・フスというモラビア人
(現在のチェコ人)が処刑された。腐敗しきったカトリックの発行する免罪符に
異議を唱えたから。しかし、この事件が後のマルティン・ルターによる宗教改革を
後押しするきっかけとなったのです。
c0128628_1824694.jpg

ご一緒にこういう教会の内部に入ってまいりましょう。
入口は、二つありますがたいてい左側が開きます。なぜか、こういう大聖堂には
物乞いの人がいて手を差し出します。魚眼レンズで撮ったので、天蓋も見えます。
c0128628_1831439.jpg

中は薄暗く、祭壇が奥のほうに見えます。
c0128628_1833953.jpg

聖壇の彫刻の一つは、十二弟子の一人、トマスが磔刑後のイエス様に会うシーン、
「十字架の釘跡を実際にさわって見なければ、信じない」と言ったときの彫刻が
置かれています。(ヨハネ伝20章24節以下)
c0128628_184948.jpg

横の小聖堂には、柔和なお顔のマリア様の像があり、ロウソクが点火されていました。

私がコンスタンツに来る二日前にチェコのプラハの旧市街広場で、
ヤン・フスの銅像を見ました。工事中で、櫓が組んであったので、Web-site
から画像をお借りしました。
c0128628_1855363.jpg

ヤン・フスは、チェコの誇るカレル大学の学長でしたが、コンスタンツまで
公会議で喚問を受けるために呼び出されたのです。結果、自説を曲げずに
カトリックのやり方を真正面から批判したため焚刑に遭って落命することに
なりました。
c0128628_1866100.png

“真実は勝つ(Verutas Vincit)”という彼の遺言は、今はチェコの国旗に
残されています。(写真 上)


ヤン・フスの話は、ヨーロッパに於ける宗教改革の歴史をひもとけば、必ず
出てくる話です。15世紀に起こった出来事をぼんやりと考えていましたが、
21世紀の現在はあまりにものどかで・・・シャボン玉の泡のように記憶が
消えそうです。でも、多くの日本人観光客が素通りしてしまうこの町について、
少し書き記しておこうと思ったのです。

by tamayam2 | 2014-11-21 18:06 | たび | Comments(5)
Commented by ふく at 2014-11-23 11:18 x
世界史をとらなかったせいでとんと
うとい者ですがこの地は聞いたことがあります。
見知らぬ場所が時空を超えて一気に身近なものに感じられ
この700回のブログに感謝です。
蝶も花も建物もいつもうわーと思って
拝見しています。
息長く続けて下され。
Commented by ふく at 2014-11-23 11:20 x
700回でしたね。
まちがったかも。
Commented by school-t3 at 2014-11-23 15:40
素晴らしい話を聞かせていただきました。
ありがとうございました。
ミッションスクールで学んだのに
ヤン・フスのこと全く知りませんでした。
真実は勝つ、ほんとにそうですね。
Commented by tamayam2 at 2014-11-23 18:22
♡ふくさん、
長い間、このつたない記録を読んでくださいまして、
ありがとうございます。たいていの読者は、コメント
を残されますが、中には、まったくコメントを残さないで
読んで下さる方もあり、ある人は、ドイツ時代から・・・
つゆ知らず、驚くやらうれしいやら・・・2004年から
Blogというモノを見よう見まねで始めました。その頃
から勘定したら、1000回は越えております。私の年表
代わりに、「あの時は、何年だったっけ?」と過去の
日付を確認するために役だっております。年々記憶が
薄らいでまいりますので・・・ふふふ
Commented by tamayam2 at 2014-11-23 18:30
♡  school-t3 さん、
もしや、山梨英和でしょうか?花子とアンの・・・
ミッションスクールは、明治年間に日本宣教のために
来日した西洋人によって多くの学校が開校しました。
明治学院、東洋英和・・・などなど。私が10月に144年
創立記念に呼ばれた学校は、女子学院という私立校です
が、それも始めは、東京築地の外国人寄留地から始まった
のでした。今の築地、魚市場がある辺りです。私も世界
史をしっかり学ばなかったので、何も知らずにドイツに
赴任したのですが、ヤン・フスの名をいろいろなところで
聞きました。それからあわてて泥縄勉強で、宗教改革の
あらましを知りました。ドイツを訪れる観光客は、こんな
辺鄙な場所にはめったに来ませんが、記憶の定かなウチと
掲載しました。
<< 【702】コンスタンツというと... 【700】700回目のエントリー >>