【681】富岡製糸場が世界遺産に

群馬県の富岡製糸場が、ユネスコの世界遺産(産業遺産)として認められたという
うれしいニュースが伝えられました。連休中は、大変な人出だったということです。
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私が出かけたのは、2011年4月、たまたま信州からの帰り道に、立ち寄ったの
です。“世界遺産に!”、という町の人たちの熱い気持ちは伝わりましたが、
ちょっと無理なのでは・・・と思っておりました。
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明治5年に建てられた工場は、かなり傷んでいましたし、町の規模が小さく、
人が押しかけたら大変ではないか・・・とも思ったものです。

日本で産業遺産として、先に認められた島根県石見銀山(いわみぎんざん)もなかなかアクセスの
難しい場所でした。過去ログ:2012年11月  石見銀山にて

石見から産出された銀が一時期、ヨーロッパで大いに流通したという事実が、
世界的とみなされた理由です。

富岡の場合、ヨーロッパでどんなに絹織物が珍重されたか、フランス・リヨンでは
絹の緞帳、絨毯、女性の夜会服などを扱う老舗の店をいくつか見たことがあります。
ヨーロッパの人々にとって、日本は絹を産出する国というのが基本的なイメージです。
シルク・ロードの果ての極東にジパングいう国があるのです。

日本の養蚕の智慧が、フランスの製糸工業の技術を導入することによって、
世界的な規模の産業として発展したのです。
工場わきには、フランスから技術指導に来た人たちの宿舎が残されていました。
明治年間に、日本人とフランス人がどうやってコミュニケーションを図ったのでしょうか、興味深いことです。
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建築にもフランスの智慧が至るところに生かされていました。このレンガの積み方も
その一つです。この積み方だから、堅牢なのです。
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製糸工場で働く工女は、「女工哀史」として伝えられるような気の毒な下働きではなく、
技術者としてよい待遇を与えられていたと聞き、うれしく思いました。
いまで言えば、都会で高給をとるOLというような、憧れの職業だったようです。
そういうことを知ったのも、町のヴォランティアのガイドさんがていねいに説明して
くださったからです。
ユネスコの世界遺産には、自然遺産、文化遺産の他に、産業遺産という分野もあり、
日本では、石見銀山に次いで、富岡が2番目。

ドイツでは、ゴスラ-(Goslar)という中部の銅山が、産業遺産に登録されています。
過去ログ: 2005年10月 ゴスラ-の鉱山
過去ログ: 2009年9月  鉱山の町、ゴスラ-  
 
たしかに、この小さな町の産出する銅のおかげで、ヨーロッパの人々の生活の質が
向上したことは事実なのです。また、ゴスラ-を中心として交通、流通が画期的に
発展したのです。
ドイツを訪れる旅行者は、こんな山奥の鉱山に立ち寄る人は多くないのですが・・・
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富岡の工場の近くで見た、タイツリソウ【鯛釣草 ケシ科ケマンソウ属】
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Yamyam町で最近、とても増えていたように思う外来種のヒナゲシ
ナガミヒナゲシ【長実雛罌粟 ケシ科 Papaver dubium】
1961年に東京世田谷区で、発見されて以来、いまや住宅地、道端、空地・・・
どこにでも侵出していといわれています。可愛いけれども、ちょっと心配。
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ウチの庭のシャガ山椒の若葉も・・・今の季節を彩る植物として載せてみました。
筍の煮物に、“木の芽”は欠かせませんね。

by tamayam2 | 2014-05-05 11:42 | たび | Comments(4)
Commented by maximiechan at 2014-05-05 20:06
実は母方の祖母は現在の埼玉県鴻巣市で養蚕を営んでいた農家に産まれました。
とても大きな農家で、百貫蚕の○○さんとして地元では有名だったようです。
雨が降ったりすると住み込みの若い衆が女学校に迎えに来るので気恥ずかしかったとか、思い出話をよく聞かされました。
もしかしたら、そこで生産された繭も富岡製糸場に運ばれたのかな。
祖母のことを思い出しながらこの富岡製糸場の記事を読みました。
Commented by tamayam2 at 2014-05-05 20:48
♡  maximiechanさん、
カイコのような虫から生糸をとるという仕事は、本当に人類の
すばらしい生産活動です。女性向きの仕事でもありました。
おばあ様はそういうお家でお育ちになったのですね。北関東、
甲州、信濃、飛騨・・・山がちで冬の寒さが厳しいところ向きの
家内産業でもあったのでしょうね。きっと富岡製糸場と関わりが
あったでしょうね。お宅のBlogのたくさんのアゲハ、私のPCの
壁紙にさせていただきました。あまり素敵なので。感謝!
Commented by namiheiii at 2014-05-06 12:01
もう30年も前に話ですが中国(場所は忘れました)で蚕糸工場を見学しました。沢山の女性がずらりと並んで繭から絹糸を手で手繰っていました。今は機械化されたと思いますが…
Commented by tamayam2 at 2014-05-06 19:15
♡  namiheiii先生、
私もどこかで蚕糸工場を見学しましたが、マユを煮て(その匂い
はかなりひどい!)糸を手繰る作業は、余り優雅な仕事では
ありません。でも、なんとなく女性向きの作業だと思った記憶が
あります。北関東のこの地で、フランス・リヨンと繫がる仕事が
行われているかと思うと不思議な気がして、富岡が認められた
事をありがたく思いました。リヨンでは、縁飾りのモールとか、
勲章の刺繍などに絹が地用されており、絹の産出国から来た
私に、絹のすばらしさを称えられ、面はゆい思いをしました。
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