【584】小田原にて 辻村伊助のこと

3月に入り、三寒四温の日々が続いています。北国からは、雪や雪崩の被害が
伝えられています。今年の冬は、殊のほか厳しかったようですね。
3月5日、春めいて気持ちよく晴れた一日、小田原へ行ってきました。
小田原の駅前で白秋のこんな言葉を知りました。
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小田原は、海もあり、山もありいいところなのに、なぜか人は、みな小田原を
通過して、熱海や箱根へ行ってしまう・・・。白秋は、小田原に住み、
私たちがよく知っているたくさんの童謡の作詞をしたということだ。たとえば、
「この道」、「からたちの花」、「ペチカ」など・・・白秋の作品1200篇の半数は、
小田原で生み出された。その白秋は、関東大震災(1923年 大正12年)で
自宅が半壊し、東京への移転を余儀なくされた。
北原白秋(1885年~1942年)
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来週は、東日本大震災の3周年を迎えるのですね。
関東大震災からは、今年は90年目です。

 この日、小田原に立ち寄ったのは、人伝手に聞いた「辻村植物園」というのを
訪ねてみたいと思ったからです。今は、小田原市が管理している自然公園ですが、
明治40年、辻村という素封家の六代目が、ここに広大な農園を開き、園芸用の
農場を経営したということです。辻村常助氏と弟の伊助氏です。
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 辻村伊助氏は、東大の農芸化学を卒業後、スイスで高山植物の研究をした。
アルピニストとしても活躍、スイス人女性と結婚し、帰国後、箱根湯本に本格的な
高山植物園を造園した。しかし、関東大震災で自宅の裏山が崩壊、家族全員が
土砂に埋もれて死亡。辻村伊助(1886年~1923年) 
登山に関するいくつかの著作もあり、
『スウィス』(1922年)、『ハイランド』(1936年)などが平凡社ライブラリーに
収められている。

私が訪れた辻村植物園は、広大な丘に白梅が真っ盛り・・・ちょうど良い日に
当たっていたが、訪れる人もまばらでもったいないようだった。
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小高い丘からは、小田原市内と青い海が見渡せた。

道路をはさんだもう一つの農園には、見事な竹林や、外国の珍しい樹木園ができていた。
ゴッホが愛した糸杉やオーストラリアに多いユーカリの巨木、イチョウの大木なども。
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西洋でたくさんの植物園を見た伊助氏が、どんな構想をもって日本で個人の植物園を
経営しようと考えたのか・・・歴史上の人物の果たせぬ夢を探りながら梅林の中を
歩き回った。

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by tamayam2 | 2013-03-06 13:45 | たび | Comments(11)
Commented by kimiko_shibata1 at 2013-03-06 19:59
山登りを趣味として山岳史なども見てきましたが、まったく知らない方でした。
タカネスミレを宝剣岳で見つけた方でした。
タカネスミレを静岡の山へ見に行ったこともありましたのに・・・
海外の木々を植えた樹木園、見ごたえがあったでしょうね。
Commented by sumiko33m at 2013-03-06 20:11
こんばんは!
ご無沙汰していました。
白梅見事に咲き誇っていますね(香りが漂ってきそう)
竹林の遊歩道も素敵ですね。
3月25日から南伊豆・西伊豆を訪れる予定です。
その後、綾瀬市へ行く予定ですが小田原は乗り換えだけですが
寄ってみたくなりましたが、梅は終わっていますね。
Commented by tamayam2 at 2013-03-06 21:08
♡ kimiko_shibata1 さん、
全然知らない歴史上の人物ですのに、この方のかたを調べて
行くと、興味深いことが多々ありました。タカネスミレという黄色の
あのスミレのことも面白かったです。明治時代のこのような自由な
生き方をされたということは、辻村家が素封家であり、お金が潤沢
にあったからでしょうね。若い人が育つとき、金銭的サポートが十分
にあるということは、だれでも望めることではありませんが、それは
それでありがたいことです。そうでなければ、スイスで本物のアル
プスに挑む冒険はできなかったでしょう。辻村家にとっては、家業
を継ぐべき次男があれこれ西洋の文物に熱中し困ったかもしれ
ません。そういう夢をすべて打ち砕いたのが、震災でした。日本は
震災と切って切れぬ宿縁があり・・・人生の設計が狂いますね。
Commented by tamayam2 at 2013-03-06 21:13
♡ sumiko33m さん、
まぁ!南伊豆、西伊豆の旅、素敵ですね。ちょうど春先には、サクラ、
菜の花、花、花で楽しめるでしょう。そのころは辻村植物園は、梅
が終わっており、あとは。。。??です。立ち寄るには、遠すぎます。
やはり、白秋の言う通り、小田原は中継地になるのかも(笑)ふふ
伊豆半島ではまた歴史的に興味深いところ、目をパチリとさせて
Sumikoさんの素晴らしい感覚で観察を切り取ってください。楽しみ
にしておりますよ。
Commented by echaloter at 2013-03-06 23:26
tamayamさん、こんにちは。

春に日差しに嬉しそうに梅が開いていますね。
確かに・・・小田原は通り過ぎて、熱海の梅園に行くことが多かったです。一度小田原城は訪れたことがありますが、辻村植物園は少し駅から遠いのですね。今、市の情報を見てみたらユリノキもあるそうで、いつかのんびり訪ねてみたいです。小田原駅の辺り、車内からたくさん蒲鉾屋さんの看板が見えたことを思い出しました。
亡き父が関東大震災の前年生まれでした。
そういえば子どものころ、「地震の時は竹やぶに行くといい。根が張ってるから地面が丈夫だ」という話をよく聞きました。
竹林の写真を見て、そんなことを思い出しました。
Commented by tamayam2 at 2013-03-07 07:40
♡  echaloterさん、
そちらはもう春が訪れたでしょうか。東京は、まだ寒いのですが、
小田原あたりは、だいぶ春めいているようで、路地の水仙も
咲いていますし、早咲きのサクラが咲いているところもあるようです。
お父様は、1922年(大正11)生まれですね。私の母もよく関東
大震災を中心に物事を考えていました。震災の後とか、前とか・・・
今は、震災と言えば、東日本大震災です。関西淡路大震災は1995
年、日本は、いつ震災が起きても不思議がない国のようです。
今、東京オリンピックを誘致しようとしていますが、外国の人から
見れば、地震国ニッポンへ行くには勇気が要るかもしれませんね。
そちらの洪水はもう引きましたか。自然災害の前には人は無力です。
Commented by KawazuKiyoshi at 2013-03-07 15:55
素晴らしい公園があるのですね。
小田原は温かい土地で、梅も素晴らしい咲き方ですね。
辻村さんのご意思が伝わっているのですね。
今日もスマイル
Commented by tamayam2 at 2013-03-07 18:46
♡  KawazuKiyoshi先生、
そう、私も辻村さんのご意思のようなものを感じ、私がもし、
お金持ちだったら、こんな土地に私の植物園を作りたいなぁ~
と夢想したものです。(笑) スマイルをありがとう!
Commented at 2013-03-08 08:20 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ikutoissyo at 2013-03-08 08:43
駅の構内の大きな小田原提灯が懐かしいです。
友人達と、2度ほど小田原に宿泊していますが、この植物園のことは知りませんでした。
観光のパンフレットに出ているのでしょうか?
機会があったら、是非訪れてみたいです。
Commented by tamayam2 at 2013-06-22 16:07
♡cimarronさん、
♡ikutoissyoさん、
今日は、6月22日、コメントを拝見せずに大変失礼いたし
ました。ごめんなさい。こんな私ですが、これに懲りずに
お付き合いくださいまし。
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