【556】石見銀山にて

1271年、マルコポーロ(Malco Polo)がイタリアを発って東方旅行に出かけて以来、
中国の東にジパング(Zipangu)という国があって、金を産出している・・・と伝えられ、西洋の地図に日本の存在がちらほらと現れはじめました。
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それから、300年後の1595年、イエズス会の宣教師ルイス・ティセラの日本図には、
北海道を除く三島が描かれています。本州の西に、Hivami(石見 いわみ)の地名を
認めることができます。その上には、Minas de Plata(銀鉱山)という文字が見えます。
このころ、日本は、黄金の国ならぬ銀を産出する国として西洋で知られていたわけです。

1595年というのは、天下分け目の関ヶ原合戦の5年前、秀吉の統一(1590年)の
5年後ということになります。安土桃山時代の後半に当たります。
私は、2007年、石見銀山がユネスコの世界遺産に登録されたと聞いたときから、
いつか機会があれば、その地を訪れてみたいと思っていました。

島根県は、ご存じ出雲が有名で、たまたま11月には、神話博というイベントが行われて
いたそうです。石見銀山は、出雲からさらに西の大田(おおだ)市にあり、
交通の便があまりよくないのです。私は、温泉津(ゆのつ)町に宿をとりました。
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一時は、世界の銀の産出量の三分の一をここから世界へ向けて出していた港、
沖泊(おきどまり)港に近い町ですが、JR温泉津駅は無人駅で、10数軒ある温泉街
へは、徒歩で行けないほど離れたところにかたまっているのでした。
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古い道標。    みぎ   ふく原  大 もり(銀山のある地名)
          ひだり   〇じき  ゆのつ              と読める

翌朝タクシーで、銀山へ向かいました。

そして、更に山合いにある龍源寺間歩まで、貸し自転車で山道を登りました。
間歩(まぶ)というのは、坑道のことで、600を越える間歩跡が現在確認されて
いるようですが、ガイド無しに行けるのは、ここだけです。
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どんな人たちが銀を掘る危険な仕事に従事していたのか・・・その人たちの
疲れきった体、傷を負った体に、温泉がどんなにありがたいものであったか・・・
前日入った温泉の豊かさを思いながら感じたことです。
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江戸時代は、天領であった大森地区の町並みも歩いて回れる範囲にあります。
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自然を保護するために、その辺一帯は、住民以外の自動車の通行ができなくなって
います。現代の人たちが住んでおられる住宅の縁側には、鉢植え、一輪挿しなど、
旅人へのやさしい心遣いが感じられるものがいっぱい陳列してありました。
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石見銀山は、大正12年(1923年)に閉山するまで、約400年にわたり銀を産出
し続けていたということです。こういうことを、みな様、学校時代、歴史の授業
で習われましたか?
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地元では世界遺産に登録されてからというもの、いま流行りの「ゆるキャラ」を採用
したり、いろいろなイベントが企画されているようでしたが、銀山という地味な産業分野でもあり、また
地理的に都会から相当離れた場所であることから、普通の観光地のような人出は
期待できそうもないと思いました。
お祭り騒ぎが似つかわしくない場所なのです。
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なんとなく内向きで、自信をなくしかけている若い日本人に、400年も続いて
いた日本の銀山のことを、ぜひ知ってほしいなぁと思います。今は、金も銀も
出ないけれど、何かピカッ★~ と光るものを掘り当てて、世界の人たちに見せたい
じゃありませんか。

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by tamayam2 | 2012-11-11 21:31 | たび | Comments(8)
Commented by ikutoissyo at 2012-11-12 00:00
静かな佇まいが、往年の賑わい、長い時間の流れを優しく伝えているような・・・。
世界遺産に登録されると、観光客が押し寄せてきて、かえって困惑している所が多いと聞きます。
ここは、この静かさが似合いますね。

作業に携わった人たちのご苦労を思います。
Commented by namiheiii at 2012-11-12 10:56
何処でも行ってやろう、何でも見てやろう!その好奇心と行動力に感服します。
Commented by kimiko_shibata1 at 2012-11-12 13:17
ヨーロッパの古地図にHivamiの記載があったことは今年まで気が付かなかった私です。
高校時代、何を学んでいたか・・・・
世界の貢献した銀山でありながら禿山とならず、緑が豊かであることも評価されたそうですね。
ここは囚人が働かされていたわけではなく、相応の賃金をもらっていたそうですが、
過酷な坑道での銀掘り…長生きできなかったそうです。
不便さを守ろうとする地元、観光開発をしていきたい県や市・・・かじ取りは難しいようです。
大森の奥から温泉津に運んだそうですからそれだけでも大変ですね。
日本はすごい国であったのに国民に教育しませんし
対外的にアピールもしませんね。
Commented by tamayam2 at 2012-11-13 08:44
♡ ikutoissyo さん、
>世界遺産に登録されると、観光客が押し寄せてきて・・・
そういう心配は、ここでは無いようです。たしかに歴史的価値はある
のですが、世界遺産の箔がちょっと重すぎて戸惑っているような
感じでした。(笑)歴史的保存建築などと言われると、住民は家の
改築もできないし、観光客に見られるし・・・ちょっと気の毒な感じ
がしました。洗濯物がひっそりと裏庭に干してあったりして・・・
石造りの西洋と違って、木と紙でできている日本の家屋は、いずれ
朽ちていくでしょう。そのもろさがちょっと痛々しい感じがしました。
Commented by tamayam2 at 2012-11-13 08:49
♡ namiheiii 先生、
日本には、自然のおもしろいところ、歴史的に関心があるところ・・・
いっぱいあって困ります。説明が日本語で書いてあって、理解
できることもありがたいです。体力と資金が続くかぎり・・・・
Commented by tamayam2 at 2012-11-13 08:59
♡ kimiko_shibata1 さん、
kimikoさんの今年春でしたっけ、レポートがあったので、
行く気になりました。ありがとうございました。調べてみたら、
なかなか交通的に不便なところだとわかりましたが、日本橋の
島根県アンテナショップで情報をもらうことができました。
山陰本線の快速にのったのですが、自動ドアではなくて、ボタン
式、降りた温泉津駅は無人駅・・・駅弁を売っている売店もなく、
ゴミ箱もなく(笑)、その不便さを楽しみました。kimikoさんと同様
”てつ子”なので・・・
Commented by kanmyougam at 2012-11-13 11:42
銀山のことが紹介されているブログが見かけるように成りました。
tamayam2さん元気に取材が進んでいますね。
あんまりわっと押しかけてほしくない気もしますし、[世界遺産]胸を張って紹介したいし、複雑な気分です。
ひっそりとした人々の息づく佇まいは大事にしたいですね。


Commented by tamayam2 at 2012-11-13 19:36
♡ kanmyougam さん、
一万羽を越えたツルの飛来、興味深く拝見させていただきました。
kanmyougam さんの絵と陶芸の作品が入選されたとのこと、
うれしいニュースです。絶ゆまない努力の結果ですね。おめでとう
ございます。「世界遺産」となると急に人の関心が高まりますが、
この銀山に関しては、「世界遺産」がちょっと重荷になるんじゃない
かなぁ~と感じました。文化遺産、自然遺産とは違って、産業遺産
ですから、分りにくいのですね。でも出かけてよかったと思います。
こんな鄙びた場所は初めてでしたので。
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