ラトヴィアの首都、リガ

私の夏の旅行、エストニアで中断してしまったので、
最後の訪問国、ラトヴィア、リガの写真をUpして締めくくりにします。

今回の会議の開催地は、エストニア国タリン。
この町がSkypeの発祥の地であることを行くまでまったく
知りませんでした。タリン街中でWi-Fiが無料で利用でき、
パソコンを開けば、どこでもインターネットにつながるIT先進国
だったのです。
(全然、知らなくて、悪かった・・・ゴメンナサイ。)
会議の後で、一泊の旅行があり、Rigaに行くと書いてあったので、
申し込んでおきました。Rigaとは、隣国ラトヴィアの首都で、
バルト三国の中でも中心的な町だと現地に行って知りました。
(全然、知らなくて、悪かった・・・ゴメンナサイ。)
エストニアは言語的には、北側のフィンランドと同種の言葉、
しかるに、ラトヴィアは、南のリトアニアと同じくバルト語族。
タリンからバスでたった5時間しか離れていないのに、言語が
全く異なります。通貨は、Latsに変わります。
国境をバスで通過しましたが、パスポート・チェックなどは
一切ありませんでした。言語と通貨が変わっただけです。

バルト三国に共通していることと言えば、13世紀にドイツの各都市
と同じようにハンザ同盟都市であったこと。歴史的にスウェーデン、
ロシア、ポーランド、ドイツに支配され、20世紀、特にナチスの時代
には、ユダヤ系の人々がたくさん犠牲になった点です。

c0128628_14501586.jpg

ロシア時代を思わせる巨大な建築物やモニュメントもありますが、
19世紀末に起こった装飾的な芸術様式、Jugendstil(ユーゲント
シュティル日本では、アール・ヌーボー様式) の建築物も
たくさん見ることができます。
大国のいろいろな思惑に翻弄された歴史が、建物の様式
にも垣間見ることができます。
c0128628_1444921.jpg

市庁舎広場の横には、占領時代の博物館があり、その壁には、
各国語でナチスの悲劇についてのパネルが提示されていました。


c0128628_14454366.jpg

この会館の前に建つのは、自由ハンザ都市の守護神、
ローラント像。

この建物は、ハンザ同盟時代の商人の会館。ファサードに、
ドイツ北のハンザ都市、ハンブルグ、リューベック、ブレーメン
の紋章とともに、リガの紋章も見える。

これと同じ像が、ドイツ、ブレーメンの広場にも建っている。

その像の傍らでフルートを吹く少女がいたので、ご喜捨。
c0128628_14471876.jpg

市庁舎前広場のベンチでくつろぐ人々。
c0128628_14474617.jpg

この建物の屋根には、ネコの像が見えますね。

ハンザ同盟に入れてもらえなかったラトヴィア商人が、嫌がらせに
同盟の会館にネコの尻を向けて造ったという代物です。
c0128628_1448306.jpg

その建物の様式もややアールヌーボー風です。
c0128628_1449187.jpg

スウェーデン門と呼ばれる中世の門。
c0128628_14493843.jpg

三兄弟と呼ばれる、時代の異なった3つの建物。中央の建物の壁
の文字は、1646年と読める。関ヶ原の時代ですね。
c0128628_14503648.jpg

私は友人たちと市庁舎界隈に立つクラフト・マーケットを
覗いていて歩きました。暑い日なのに、売っているものは、
ニットのもの、ウールのもの、冬用の衣料が多かったので、
あまり食指が動かなかったけれども、手の込んだ手芸品を
支えているこの国の女性のたくましさを感じました。男どもは、
戦いに明け暮れていたのでしょう。
c0128628_14511075.jpg

売り子さんたちが、気軽にモデルになって、セーターやストールを
売っています。色使いも、形もシンプルで、魅力的でした。
エストニアでもラトヴィアでも、麻製のリネン製品がよく売られて
いました。色は未晒しの薄茶色、テーブルクロスや、センター・ピース
など。地味だが味わいのある麻の風合いがとても美しく思えました。
c0128628_14513187.jpg

若い女性の笑顔はどこでも素晴らしい被写体です!
(そのためには、多少散財せねばね。(^_-)-☆)
[PR]
by tamayam2 | 2011-09-19 14:58 | たび | Comments(8)
Commented by school-t3 at 2011-09-19 23:03
毎日海外から入る報道は、戦争や飢餓や、天災人災、経済危機のことばかり。
バルト三国がこんなに美しく存在感のあるところだとは
夢にも思いませんでした。
>(全然、知らなくて、悪かった・・・ゴメンナサイ。)

地球もまだまだ捨てたものではありませんね?
Commented by tamayam2 at 2011-09-20 07:44
♡ school-t3さん、
観光でちょこっと訪れただけですから、あまりくわしいことは
わかりません。ラトヴィアは、EU加盟国の中では、経済的には
最低に近い国だと思いますし、いろいろな負の遺産を背負って
いる国です。私は、旅行前にあまり勉強していかないので、
>(全然、知らなくて、悪かった・・・ゴメンナサイ。)
のことが多いのです。ふふふ。あまり先入観にとらわれるより、
自分の目で見てみたいということもあり・・・。エストニア、ラトヴィア
は、思いがけず楽しいところでした。
Commented by 寧夢 at 2011-09-20 10:02 x
大昔、少年少女文学全集で読んだ『ローランの歌』の主人公に、
こんな所でお目にかかれるとは知りませんでした。
( ローランがローランドになることさえ失念していました)

本当は編み物が大好きな私。ああ、素敵な色。
お買い物したくなったわ!
Commented by KawazuKiyoshi at 2011-09-20 14:57
懐かしい街です。
言ったのは、まだソ連邦健在な時代でした。
ロシア系の友人と、ラトビアの生粋の友人の間で
気を使ったことを覚えています。
リトワニアから列車ではいったのを昨日のように思いだしています。
今日もスマイル
Commented by tamayam2 at 2011-09-20 19:45
♡ 寧夢 さん、
あなたは本当に文学少女だったのですね。外国の人の名を
覚えるのが大変でしたが、子どものころ覚えたものは、忘れ
ないものですね。定年退職なさったら、編み物をしてください。
西洋では、男性も編み物をしますよ。大学の講義を聴きながら
編み物している学生もいます。編み物は知的な手作業なの
ですって。
Commented by tamayam2 at 2011-09-20 19:55
♡ Kawazu先生は、ロシアが権力をもっていたころ、
訪問なさったのですね。じつは、ここからサンクト・ペテル
ブルグも近くです。昔は、鉄道で行き来したのでしょうが、今は、
バスが主流になっているようです。泊まったホテルは、かつて
ロシアの偉い人用に造られたのでしょう、だだっ広く、自室に
帰るにも迷子になりそうな大時代のものでした。背景の違う方との
会話はびみょうな話題に触れないように(笑)気を使われたこと
でしょう。過去のことを懐かしく思い出していただいて、うれしい
です。ラトヴィアについて知る人は、そんなに多くないので。
Commented by dunkel0227 at 2011-10-01 06:21 x
ご無沙汰しています。いまドイツにいるのですが、そこで友人となった女性がラトビア人でした。さらにドイツ語の集中コースの先生がエストニア人(今はドイツの方と結婚されて苗字はドイツ風ですが)。これまでバルト三国にはまったく興味がなかったのに知り合いができると興味がわくのが我ながらおかしいです。そんなさなか久々にブログを拝見したらなんとラトビアじゃないですか!とても面白く、またこれはやっぱり行かなきゃな、と心に決めた次第です。
Commented by tamayam2 at 2011-10-01 19:42
♡ dunkel0227 さん、
あ、今ドイツですか!こちらこそご無沙汰しておりました。
私もバルト三国についてまったく無知でしたが、行ってみたら、
ハンザ同盟のハンブルグ、リューベック、ブレーメンなどと
よく似ています。その上、英語もよく通じ(ドイツはご存じの
通りドイツ語があまり通じない国ですが)IT先進国で、改めて
旅行にはいいところと思いました。EUに最近加盟したばかり
で、経済的には、お荷物国かもしれません。自然も豊かです。
小林麦酒さんに焚きつけてドイツ北部→ヘルシンキ→タリン
というコースをお試しください。
<< ヨナグニサンとは ヨーロッパアカタテハ >>