90歳の誕生祝い@シアトル

私の叔母は大正10年(1921年)生まれ。
今年1月末に90歳になった。

米国デトロイト在住で、元気。日系のご主人を
8年前に天に送って以来、大きな家に独りで
住んでいる。子どもは5人いてアメリカ各地に
散らばっている。

長男が西海岸シアトルに住んでおり、弟妹に呼びかけて
母親の90歳の誕生会を催した。姪に当たる私は日本から
出席した。
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シアトルは太平洋岸のカナダ国境に近い町。
1971年創立されたStarbucks Coffeeは、当時、
紙コップのコーヒーを歩き飲みするファッションが
シアトル・スタイルとして若者に人気を博し、あっと
いう間に世界に広がった。日本でも “スタバ” として
有名ですね。上は、Pike Place Marketのわきにある
スタバ発祥の店。この店のロゴはおなじみの緑ではなかった。
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シアトル郊外にある長男の家の玄関。
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子供たちとその配偶者、7人の孫、1人の曾孫、亡夫の
兄弟と姪・・・9歳から90歳まで総勢23名で
90歳の誕生日を祝った。
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叔母は、ケーキ・カットの前に英語で感謝の言葉を
述べた。やさしい子どもたちの心遣いに居合わせた
誰もが心動かされた。とても良い会だった。

シアトルは、野球のマリナーズの本拠地。イチロー
選手の名は誰でも知っている。叔母もイチローの
大ファン。また、叔母は日本の相撲の大ファンでも
あるが、今回の相撲界の醜聞は理解に苦しむ様子だった。
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シアトル在住の日系の人にとって日本食の補給に
欠かせないのは、下町にあるUwajimaya(宇和島屋)大型
スーパーで食品のほか、家庭用品、雑貨何でも
手に入る。紀伊国屋Book Storeも店内にあるし、
中に入れば、そこはもう日本。
創業は1928年、(おそらく四国出身の)森口ふじまつと
いう方が創業者。ワシントン、オレゴン州にも支店がいくつかあり、
日系の企業として大成功の部類だろう。駐車場のわきに
早くもカワズサクラがほころんでいた。

シアトル下町の中心街では、 公共交通が無料なのも助かる。
公営バスやLink Light Railという路線は、地下を
走っていて宇和島屋や中華街のあるInternational District
に簡単にアクセスできる。
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Westlake駅の壁には折り紙で作った雛人形のような・・・
大きなオブジェが!
日本の伝統文化が意識されているようだが、メタリックで
バカでかいサイズなので、やはりアメリカ感覚だなぁ~と思った。

東京だと、山手線の内部の公共交通がタダという感じ。
観光客にとっては非常にありがたかった。

過去ログ:2010年6月 シアトルの下町で
        Pike Place Marketにて
by tamayam2 | 2011-02-21 07:41 | たび | Comments(21)
Commented by nenemu8921 at 2011-02-21 11:50
こんにちわ。やっぱり海外だったのですね。
お帰りなさい。いいご旅行をなさいましたね。
おば様、お元気でうらやましいです。
お子さんやお孫さんに囲まれて、ほんとうにハッピーですね。
こちらも明るい心になります。
下町中心街で、公共交通が無料なのは、マイカーを規制するためかしら。
いいアイディアだと思いますが。
最後の画像、面白いですね。やっぱり大きいことはいいことだの国ですね(^_-)-☆
Commented by vicolos at 2011-02-21 12:02
シアトルにお出かけでしたか!お帰りなさい。
お元気で90歳を迎えられた叔母様にとっては、まことにおめでたいことで、心よりお祝い申し上げます。
それから、私、Tamayamさんを今まで男性だとばかり・・・大変失礼していました。(今回、姪のことばで判明)
Commented by school-t3 at 2011-02-21 13:21
お元気な90歳!
私も心強くなりました。
子供を大勢育てておいて良かったですね。
叔母様寂しくないですね。
Commented by アンデレ at 2011-02-21 14:13 x
伯母上の90歳のお誕生日、お慶び申し上げます。写真を拝見しますと若々しくてお元気そうでなによりです。私よりちょうど5歳年上でいらっしゃいます。私も90歳になったとき負けないつに元気でいたいものです。シアトル私も1982年会社の研修の折訪れたことがあり当時のことを懐かしく思い出しました。その折はシアトルからチャーターバスでカナダのバンク―バに入りさらに反転してシスコ、ロスと見学、勉強させられましたのであまり観光する時間もありませんでした。その後もスケッチの一人旅でヨーロッパ、オーストラリアを歩きまわりましたが残念ながら体力的にももう外国に一人旅する自信はありません。でも今になっていい思い出になりました。
Commented by tamayam2 at 2011-02-21 15:44
☆ nenemu8921さん、
シアトルの下町は、サンフランシスコのように急坂が
多く、狭いこともあって、ご想像の通り、渋滞を避けるため
なんでしょうねえ。急坂のため縦列駐車ができず、斜めに
停め、縁石にタイヤをかませておかないと、ずり落ちる危険
があります。霧も多いし、運転が難しいところですね。
Commented by tamayam2 at 2011-02-21 15:50
☆ vicolosさん、
は、は、は。私のことを男性だと!?以前にもそういう誤解を
されたことがあります。父はもし生きておれば、もう100歳を
越えているばず。この叔母さんが唯一の兄弟です。
私がわざわざ日本から出かけたので、皆さん「遠くからよく
来たね」と言われました。でも、アメリカ国内から駆けつけた人
たちにとっても子供づれの大旅行だったようです。アメリカは
広いですからね(笑)
Commented by tamayam2 at 2011-02-21 15:56
☆ school-t3さん、
昔は4、5人兄弟は珍しくなかったですね。子育ては大変
なことだったでしょうが、こうして皆が揃うと壮観です。
皆、住んでいるところ、仕事は違いますが、仲のよいこと。
残念なのは、叔母さんの子供は、だれも日本語ができない
こと。叔母さんは、日本語でおしゃべりできる相手として、
私を重宝がってくれているみたいですよ。たいていメールで
やりとりしています。
Commented by tamayam2 at 2011-02-21 16:05
☆アンデレさん、
叔母は前に会ったときよりやや痩せて食が細くなっていました
が、このチョコレート・ケーキもちゃんと一人前いただきました。
何にでも好奇心を持ち、編み物したり、手芸したり・・・手をよく
動かしています。本当に健康な長寿の人を見るのはうれしい
こと、ありがたいことです。私も誕生会の後で、カナダ・Vancouver
に飛びました。知り合いを訪ねる旅行もだんだんできなくなると
思いますが、できるうちは・・・・。早く暖かくなるといいですね。
奥様、お大切に。
Commented by namiheiii at 2011-02-21 16:50
やあ素晴らしい、若々しい90歳万歳!!
大勢の家族に囲まれて英語でスピーチして両手を合わせて拝んで・・・嬉しさいっぱい!
戦前、戦後のご苦労もあったのでしょうね。
Commented by 寧夢 at 2011-02-22 05:58 x
おばさま、おめでとうございます、90歳。

素敵な時間を過ごされていたのですね。
海を飛んでお祝いに駆けつけることの出来る、
そんな暖かい気持ちで結ばれている関係に、まず尊敬。

こういうお付き合い、おめでたいお祝いの仕方を
知って暮らすことと、知らないでいることとの違い、
けじめのつけ方、生活のメリハリの在り方、
色々考えさせられました。
Commented by ふく at 2011-02-22 09:20 x
モダンなそして日本人らしい叔母様とお見受けしました。
どこにいてもみんながなんとか集まれたら嬉しいこと。
イチローさんのいるシアトルが身近に感じられます。
いつもミニ情報ありがとう。
今回はUWAJIMAYAに思わず反応。
夫の郷里近くの方ががんばったのねえです。




Commented by tamayam2 at 2011-02-22 18:57
☆ namiheiさん、
>両手を合わせて拝んで・・・嬉しさいっぱい!
本当に、叔母の表情が豊かで全身で喜びを表していました。
このときばかりは、写真を少しやっていてよかったと思いました。
彼女は今でもNHKの衛星放送を楽しみ、日本語で読書しています。数々の困難もあったでしょうが、今は、ニコニコ笑っている
どこにでもいるおばーさんです。(*^.^*)
Commented by tamayam2 at 2011-02-22 19:12
☆寧夢さん、
人は、どこに住んでいてもみな同じですね。叔母は日本語が
通じますが、後は、みな通じません。お嫁さんには、フリッピン人
もいるし、孫の何人かは、韓国人の養子・・・多国籍です。それが
民族のるつぼであるアメリカでは当たり前なんです。共通語は英語、
少々発音が悪くても意志の疎通ができることの楽しさを味わい
ました。日本だと大盤振る舞いをするでしょうが、食事は、サンド
イッチと飲み物、果物ぐらいでとても質素でした。それがとっても
好もしい感じでしたよ。
Commented by tamayam2 at 2011-02-22 19:18
☆ふくさん、
ご主人は四国のご出身でしたか!1928年といえば、昭和3年
きっと、小さなコーナーストアから始めたのではないでしょうか。
タバコ、飲み物、新聞などを売る屋台のような小さい店です。
たいていの日系移民はそういうところから這い上がっていったと
思います。勤勉さ、真面目さが日系人の身上ですね。
Commented by kimiko_shibata1 at 2011-02-23 07:16
おはようございます。
お元気で皆様に囲まれて感謝の祈りをなさって・・・・
海外で頑張られてこうしてみなさんに囲まれ最高の笑顔ですね。
素晴らしい御家族ですね。
異国で見る桜は一層「美人さん」だったでしょうね。

Commented by bantelner at 2011-02-23 17:45
tama母さま
叔母様がお元気に90歳のお誕生日を迎えられ、
まことにおめでたいことです!
そんな昔にアメリカに渡られて、たくさんの子供を育て
逞しく生きていらしたのですね。尊敬です。
可愛い姪御さんのtama母さまも遥々日本から駆けつけられて、
さぞお喜びになったことでしょう。

アメリカにたくさんのご親戚がいらっしゃり、
(お嬢様もですよね^^)
かの国は母様にとっては昔からとても身近な国なのですね。
ひいてはフットワーク軽く世界を駆け巡られるのも、
お家の血筋なのですね。w
Commented by sumiko33m at 2011-02-23 20:20
こんばんは!
叔母さまの90歳誕生日おめでとうございます。
祝いに駆けつけられたのですね。
お元気に90歳を大勢の方に見守られてお幸せですね。
Commented by tamayam2 at 2011-02-25 00:41
☆ kimiko_shibata1さん、
ほんとうに人生90年の大半を異国で暮らし・・・いろいろな
ことがあったと思われるのですが、素朴で暖かい家族に
囲まれた叔母の笑顔は最高でした。私もこの叔母の
ような心穏やかな老境に達したいものだと思いましたよ。
Commented by tamayam2 at 2011-02-25 00:46
☆ bantelnerさん(トミ子さん)
そ、そんなこと言われると、汗、汗・・・でしゅ。トミ子さんも
異国の地で肝っ玉母さんでいらっしゃる。可愛い奥様でも
いらっしゃる。わたしゃ、可愛くない母、嫁ですが、いろいろな
地によい友人ができて、幸せモンだと思っとりますよ。
ドイツは、仕事で行ったので、友人なんか全く期待していな
かったのですが、いい友人が何人かでき、思いがけずも
大好きな国になりました。とっつき悪い国と思っていたのにい。
人間、何でも思ったこと率直に語れるのが一番ですねえ。
Commented by tamayam2 at 2011-02-25 00:48
☆ sumiko33mさん、
昔は、人生60年と言っていました。今では、日本人は
本当に長寿になりました。90歳なんて信じられませんが、
叔母はボケもせず、いたって元気で人々との会話を楽しん
でいたようですよ。我々もぐぁんばりましょうね。自然を友と
しているのが一番ですよ、きっと。
Commented by aamui at 2011-02-26 09:51
素敵ですね 駆けつけられる幸せ!
イチローがすんでるし シアトルはぜひとも行きたい街ですが 坂が多いのね(;_;) 公共交通費がただ!世界は広い
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