今日の切手(9):慶応大学

慶応大学は創立150年を迎え、
上野では 未来をひらく福沢諭吉展 が開催されている。

私は慶応大学にまったくゆかりのない者ですが、私の知己で
あの学校出身者を思い浮かべると、それぞれが一種の風格を備え、
大学を出て何十年も経つというのに、自分に課した課題を
コツコツと追求している、立派な人たちの顔が浮かんでくる。

慶応大学では、すべての塾生を君づけで呼び、先生と呼ばれるのは
福沢諭吉先生だけだそうだ。世間一般から見れば、ちょっと変な話
だが、己のポリシーをはっきり主張してよいのだ。私学だからこそ
できること。世間に迎合しない主張をもった塾生のみなさん、
150周年、本当におめでとうございます。


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さて、古切手の
コレクションの中に
創立100年記念
の切手が
あったので、

50年前の切手にも
一度は日の目を
見せてやりたく、
今日の切手に
選んでみた。
使用済みの
きたない切手
ですが・・・まあ、
見てやって
くださいまし。







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福沢諭吉について、私の知っていたことは、
  天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず 
      という有名な言葉を述べた人物。

つまり、人は生まれながらにして平等である、ということを、
福沢先生は、近代化を促すために説いていらっしゃったと
思っておりました。

ところが、それは誤解だったらしい。ウェブ上で知ったのだが、
この言葉には、続きがあって、

  ・・・・・人をつくらず と言へりが付いているのだそうだ。

この言へり  ・・・の後に続く文章については知らなかった。(汗)
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『学問のススメ』の冒頭に出てくる文章は、現代語に訳すと、

人間は、みな平等であると一般には言われているが、実際には、
賢い人も愚かな人もおり、貧富の差もある。その差は、どこから来る
かと言えば、学問をするかしないかによるのである、という主旨に
連なっていくのだそうです。

あ~、まったく生半可の聞きかじりは大変な誤解を生むものです。

現代は、何もかもテンポが速くなっていて、人の話も出だしの
ところだけ聞いて、ああ、知ってる、わかってるとしまいまで、
聞かないことがあります。出だしの部分が耳ざわりがよいからと
言って信用はできません。結論がどう展開していくかは、じつは
最後までしっかり聞かないとわからないのですね。

写真:14日小石川植物園で。ヤブツバキ
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by tamayam2 | 2009-01-17 17:44 | 日々のできごと | Comments(14)
Commented by aamui at 2009-01-17 19:10
ほんとにそうでございまする 名古屋大学でも皆さん付けで呼んでいるようですね NHKもそうですね 良いことのほうが多い気がしますが・・・・ 障害者センターでも資格ありの人は先生 ヘルパーさんはさん 同じじゃ駄目?
Commented by tamayam2 at 2009-01-18 13:07
 ♪aamuiさん、
あ、名古屋大学でも?さん付けですか。母が介護施設に入所して
たころ、そこでは、~さま付け だったのです。XXさまと言われるほど
の者でなし、なんとなくくすぐったい気持ちがしました。
慶応大学の人からメールをもらいましたが、学内に自由な雰囲気
が満ちていて格式ばることがキライだそうです。学問の場は、そう
でなくっちゃね!









Commented by 寧夢 at 2009-01-19 16:30 x
そういえば、誰でも彼でも職員を呼ぶ時君付けする人がいて、外部の人の前でも同じで、抗議したことがあったなあ。・・・20代の頃の話ですが。

さて、公平と平等を同じだと思っている人が多い日本です。人は公平に扱われなければならないけれど、平等な存在ではないですよね。
Commented by namiheiii at 2009-01-19 21:22
ノーベル賞の増川さんが言っていましたね。名古屋大学の理学部、理論物理の教室では先生を先生とは呼ばないそうです。学問の世界ではディスカッションは対等でなければならないからだそうです。
Commented by credenza at 2009-01-20 00:26
でも本当に偉い先生に、さん付けで呼ばれると却って恐縮してしまって、まともに議論できないような気がします。
まあ、立場によって違うのかもしれませんが。
Commented by tamayam2 at 2009-01-20 13:47
♪寧夢さん、
本当ねえ。この世の中は、平等ではないわ。若い時には、気づかな
かったことですが、年寄りという弱者になってみると、世の中のいろいろ
なことがモノ・コトが壮健な人向きにつくられていて、不公平だなあ、
と感じることがあります。若いときは、そんなこと考えたこともなく
のほほんと暮らしていたんですね。

Commented by tamayam2 at 2009-01-20 13:52
♪ namiheiiiさん、
名大の理学部には、そういう伝統があるのですね。だから、独創的な
研究者が育つのですね。私が若いころ某国の大学院で、院生が
先生をMaryとかJohnとか呼び捨てにしていて眼を丸くしたものです。
アジア人はちょっと真似ができませんでした。語学力も乏しかったし。

Commented by tamayam2 at 2009-01-20 13:56
♪credenzaさん、
ほんとうにね。相手をどう呼ぶかは、難しいですね。ドイツ人は
割と肩書きが好きな人たちで、博士号を2つ持っていれば、Dr Dr
と二回繰り返さないと失礼でした。礼を失することのないよう気を
つかったものです。ははは
Commented at 2009-01-22 08:56
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by nenemu8921 at 2009-01-22 10:28
宮沢賢治学会でも、~~先生と呼ばずに、~~さんと呼ぶようにしましょうという提言が当時の代表理事からありましたが、なかなか定着しませんね。
~~先生という表現も安易に連発されると、ムムム…という感じもありますね。
Commented by tamayam2 at 2009-01-22 11:35
♪カギコメさん、
ほ、ほ、ほ。お主も、そうであったのかぁ。納得。
Commented by tamayam2 at 2009-01-22 11:39
♪ nenemu8921さん、
>>ムムム…という感じ・・・よくわかります。
中国語では、だれでも相手に~先生と付け、それは、~さん
ほどの意味のようです。本当の先生は、老師(ラォシ)。
私も、30代のとき、老師、老師と呼ばれてイヤでした。今なら、
いいけど。(笑)こういうのは、気持ちの問題ですから、上の人から
決められてもなかなか根付かないわね。
Commented by aamui at 2009-01-22 16:50
ドイツの高と驚きました(@_@;)上には上が・・・・
Commented by tamayam2 at 2009-01-23 14:15
♪ aamuiさん、
 ん? ・・・・・あなた、100均のネットでおもしろいこと発見したわね!
 芸術家の眼にとまれば、たちまち素敵な材料になるのね。
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